第3話「人在の章」
私は人在A。
ただ居るだけの存在に、名前なんて必要ないでしょ。
そう、ただ居るだけの存在・・・それが人在。
それじゃよく分からないって?
仕方ないわね、定時まで暇だから、みっちり説明してあげるわ。
人在に定められたルールはこんな感じね。
・定時に出社し、定時に退社
・1日7時間定時で、給料は最低賃金*労働時間数
・勤務時間中は事務所に居ないといけない
・原則、与えられた職務は「人罪の監視」のみ
・繁忙期で、人材が著しい人手不足に陥った場合は臨時で作業を頼まれる場合もある。それでも定時には退社でき、残業は厳禁。
・それ以外は、人に迷惑を掛けない範囲で何をしてもOK。兼業の内職でも、ネットサーフィンでも、人の迷惑にならなければ何でもよく、気が向いたら人材の作業を手伝うこともある。
分かったかしら?
本当に居るだけの存在ということ。
「人罪の監視」なんて名ばかりで、本当に最も大事な役割は、「役立たずの様子を人材に晒すことによって、人在へ転落する危機感を煽る」ことなの。最低賃金を払うだけで、人材達の危機感を煽りつつ、繁忙期にはお手伝いとして動員できる人を確保できる・・・会社もよく考えたと思うわ。コンサル業界って、特定の繁忙期はなく、大口の案件を獲得した瞬間に忙しくなるから、繁忙期を先読みして臨時に人を雇うことができないの。
晒し物にされる恥という感情さえ捨て去れば、こんなに楽な仕事はないわ。まぁ、プライド高い有名私大卒のエリートさん達にとって、人在なんて人生の流刑地でしかないんでしょうね。元々友達の繋がりで面接を受けた結果、偶然内定を貰えてしまった私にこだわりなんてないの。
そう、あれから1年が経つのね・・・
折角内定を貰えたんだからと、ちょっと舞い上がっていた私は意識高い「系」としてコンサル業界に飛び込んだ。新卒で20万円と条件は悪くないし、毎月みなし残業代として追加で10万円近く貰えていた。このみなし残業代というのがクセ者で、自動的に毎月45時間だけ残業したものとみなして給料に加算されるの。45時間というのは労働基準法の、いわゆる36協定の上限で、これを超える残業はするなと会社に止められている。
まぁ実態はお察しの通り、45時間で終わりきる業務量じゃないから、みんなそれを余裕で超過している。ちゃんと勤怠で申告すれば、45時間を超えた分は残業代として支払われるのだけど、人事部からうるさいお叱りを受けるから、みんな超過分はサービス残業として申告していない。まったく、ヒドイ話よね。
私も最初の半年は、まだ不慣れだし仕方ないかとサービス残業のオンパレードだった。本当に過酷な日々だったけど、それと同時に周りとの意識の差も感じた。所詮は意識高い「系」で、本当に意識の高い人には敵わないんだなぁ~って。
半年後、初の人事考課で早速人在に転落した。周りからの憐れみの視線が刺さったけど、私自身は内心ホッとしていた。あんな働き方で身体が保つわけがない。それなら最低賃金でも楽ができた方がいい。働きすぎで親にも心配をかけていたけど、勤務体系が変わって早く帰れると言ったら安心してくれた。
そう、これでいいのよ・・・
収入が少ないと言っても、暮らせないわけじゃない。毎月、最低賃金(東京)958円*7時間*20日≒13万円で、税金とか社会保険料を引くと手取りは10万ちょっとだけど、家賃4万円のアパートで、毎日お弁当を作って食費を抑えれば何とかなるもの。高校時代に通っていた予備校の縁で、採点業務のバイトをして数万追加できているから十分暮らせる。
兼業推奨って聞いて笑っちゃったけど、不満が爆発して会社の邪魔をされる位ならマシなんでしょうね。人在が兼業で数万稼ぐのは普通のことなんだけど、"あの人"の稼ぎ方は異常よね・・・仕事は出来るのに、なんであの階級に転落したのやら。
さて、人在のお仕事は理解してもらえたかしら?
えっ、仕事してないんでしょって?
まぁそうなんですけど。
それじゃ、定時になったから帰るわね!