秘密クラブ
退屈だ。
ここのところ毎日、そう考えている。
いつも同じ時間に起きて、学校に行って、なんとなく勉強して、友達と適当にしゃべって、帰ったら母親の夕飯が待っている。
いつも同じことの繰り返しだ。
僕はいたって普通の学生。
見た目も成績も、恐らく平凡そのものだ。
普通の男子とちょっと違うことといえば、肌の色がやけに白いくらいだ。
女子には羨ましいと言われることもあるけど
日焼けすればヒリヒリするし、これといって得したことは無い。
今日もいつも通り授業を終えて、真っ直ぐ家に帰るところだ。
しかし、校門を出たところで、好きなバンドのCDが今日発売日だったことに気づく。
空を見ると少々雲行きが怪しかったが、天気予報では今夜遅くから雨が降ると言っていたはずだ。
CD屋に寄るくらいなら、雨に降られる心配もないだろし、少し寄り道して帰ろう。
CDショップを出た時には、もう辺りは暗くなっていた。
繁華街のうるさい音が響いて、汚いビルにはやかましいネオンが点灯している。
仕事終わりのサラリーマンや、チャラチャラした大学生が幅を利かせて歩いていて、不快だ。
人混みをなるべく避けて、地下街への道を歩くことにしよう。
「あのう、お兄さん」
地下街に続く階段を降りようとしたところで、後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り向くと、僕に負けないくらいの色白の、美人が佇んでいた。
目はくりくりとしていて、少々化粧が濃いようにも見えるが、長い黒髪のせいか、ギャルには見えない。
くっきりと体のラインを強調した白い服で、女性らしい体型がよく目立つ。
「なんでしょうか?」
「あのぉ、これ落としましたよ?」
彼女は学生証を差し出してニコリと微笑んだ。
慌てて学生証を受け取り、中身を確認すると、間違いなく僕のものだった。
「すみません、一体どこで落としたんだろう。ありがとうございます。助かりました」
「いえ、届けられてよかったです」
今度は歯を見せて笑った彼女の、笑窪がかわいらしい。
女性といえば必ずカバンやらポーチを持ち歩いているものだが、彼女はどうやら手ぶらなようだ。
それが少々気になって、理由を問いたくなったが、これ以上帰りが遅くなると母親に面倒くさい小言を言われてしまうだろう。
この場は早々に切り上げて帰路につくことにした。
「本当にありがとうございました。では、僕はこれで……」
「あ、待って!」
彼女は僕の腕をガシリと掴んで引き止めてきた。
細い手首なのに、以外と力が強い。
「あの、一緒に行ってほしいところがあるんです」
「はい?」
「ひとりじゃ心細くて……お願いです。あなたしか頼れる人がいないの。私、こっちに出てきたばかりで、友達も家族もいないんです」
彼女は涙目になると、じっと上目遣いで見つめてきた。
あなたしか頼れる人がいない、なんて言われてしまうと心が揺らぐ。
見ず知らずの人についていくのは、少々危険かもしれないが、彼女の今にも泣き出しそうな視線が耐えられない。
「僕でよければいいですけど。でも、一体どこに?」
そう答えると彼女は、心から安堵したように笑窪を見せた。
「本当ですか!?ありがとうございますぅ……あの、こっちなんです。一緒に来て!」
どこに?という問いかけには答えず、彼女はグイと腕を引っ張って歩き始めた。
もし変なところに連れていかれたとしても、いざとなれば女の力だ。きっとどうにかなるだろう。
されるがままに、目的地についていくことにした。
歩いているうちにポツポツと雨が降り出してきた。
このぐらいなら傘はなくていいけど、帰りは大丈夫だろうか。
彼女は繁華街の人混みをくぐり抜け、大通りを横切って、狭苦しい裏路地へと歩みを進める。
この街にはよく来ていたけど、こんな裏路地があったことなんて知らなかった。
今度はこの裏路地のビルとビルとの隙間の暗闇に、入るつもりのようだ。
「あの、この中に目的の場所があるんですか?」
「そうなの。大丈夫?暗いから怖いのかしら?」
「いえ、怖くはないですけど」
怖いのか、と聞かれると、なんとなく見栄を張ってしまう。
ビルの隙間は暗くて狭い道で、一列になって歩くのがやっとだった。
都会特有の、ドブくさい臭いが鼻につく。
10 歩ほど歩くと、地下へと続く狭い階段が見えてきた。
階段の手前には、小さな看板が立っていて”ホワイトガーデン”と書かれていた。
「ここが目的地ですか?」
「ええ」
「あの、すみません。ここは一体どういう場所なんですか?流石に何も知らずに入るのは躊躇われます」
「あのね、ここは秘密クラブなの」
「秘密クラブ?」
「そう、私たちみたいに、若くて白い特徴を持っている人だけが入れるクラブなの」
「白い、特徴……?」
彼女はようやく僕の腕を離すと、こちらに振り向いて説明を始めた。
「あなたも私も色白でしょう?お互い、白い特徴があるじゃない。」
「はぁ。入れる条件はわかりましたけど、一体ここに入って何をするんです?」
「何って……お食事をしたり、会話を楽しんだり。普通のこと」
「はぁ……」
「白い特徴を持ってない人も入れるみたいなんだけど、そういう人たちはすっごく高いお金を払わないといけないみたいなの。さっきも言ったけど、こっちに出てきたばかりで、お金も持ってなくて。白い特徴を持った人なら無料みたいだから、一緒に入ってもらえないかしら?」
「そういうことだったんですか。それならそうと、最初からそう説明してくれればよかったのに」
「……ごめんなさい。こんな変なこと言っても不審に思われるかなって。でも、あなたみたいな優しそうな人に、一緒にいてほしかったの」
確かに彼女の言っていることは少々不審だが、せっかくここまでついてきたのに、ここで断るのもかわいそうな気がした。
それにまたウルウルとした上目遣いを向けられて、どうも断りづらい。
「そういうことなら。ただ、僕はお腹空いていないので、ただの同席でいいですか?」
「もちろんよ!ありがとう!本当にありがとう!」
彼女はまた可愛らしい笑窪を見せると、僕の手のひらをギュっと両手で包んできた。
こうやって触れられてしまうと、どうも心を許してしまう。
そうして僕らが階段を降りようとしたとき、ポツポツと降っていたはずの雨が、急に土砂降りになってきた。
天気予報よりも少し早く、本格的に降り始めたらしい。
「あら、雨が強くなってきたわね。急ぎましょう」
彼女の言う通り、急いで階段を降りた。
しかし、ポツポツと降り続けていたのもあって、髪の毛が濡れているのが気になった。
階段を降りきったところで、店に入る前に髪の毛を拭いておこう。
学生カバンを開けて、タオルを探る。そして、ないはずのものがあることに気がついた。
「すみません、僕やっぱり帰ります」
そのときの彼女の振り向いた表情は、まるで創作物に出てくるような妖怪のようだった。
大急ぎで階段を駆け上って、彼女が追いかけてくる音も、騒音も、全部無視して夢中で駅へ走り抜ける。
走って、走って、走って。
大勢の人で混み合う中央口まで辿り着くと、ようやく後ろを振り向く気になった。
目を凝らして彼女を探したけど、どうやらもう姿はみえないようだ。
一息ついたところで、もう一度カバンの中身を確認してみることにする。
カバンの中には、やはり学生証があった。
間違いなく僕のものだろう。
そして、彼女に落し物として渡された学生証は、ズボンのポケットに入っていた。
一体なぜ、僕の学生証を彼女が持っていたのか。
学生証は、僕が持っている1つしか無いはずだ。
ホワイトガーデンとかいう、地下の怪しい店は一体なんだったのだろうか。
毎日が退屈すぎて仕方がなかったはずなのに、急に日常の平穏も悪くないと思えてきた。