5 映画館 中川と
6月16日 土曜日
土曜日の映画館は、平日と比べ沢山の人で溢れかえっていた。
それは当たり前か。平日は仕事や勉強や家事やらで皆何かと忙しいのだろう。
現在時刻10:44ケイは11時に上映される『ポチと僕の366日』
と、女性に人気の感動物語を見るようだ。
俺は誰にも怪しまれぬように、人ごみに紛れケイを見守っていた。
ケイはジュースを片手に、松崎の話を楽しそうに聞いている。
恨めしい。本当は今日俺がデートに誘うはずだったのに…。
「あっ、僕達の番だよ。相野谷くん何頼む?」
「えっ何でもいいよ。適当に頼んで。」
「わかった~。」
危ない危ない中川の存在を忘れていた。
実は昨日あれからすぐ、中川が僕も遊びに行きたいなと言い出したので
(そうだ尾行するなら、もしバレたとしても、中川と遊んでいて偶然だと偽装ができるはず。)
と思い付いたのだが、やはり1人で言ったほうが良かったんじゃないかなと
今更後悔している。
映画初めてと言って、中川は現在かなり燥いでいる。
その光景は結構目立つ、中川がいるだけで色んな人の視線を集めていた。
なぜなら…。
スキップ気味な歩き方。たまに中川から鼻唄が聞こえる。
そんな人がいたら、誰だって見てしまうものだから。
笑顔で走ってくる中川の両手には、ジュース2つ、ホットドッグ
ポップコーン、ポテトフライ…など入った紙で出来たカゴ。
「相野谷くん、おまたせ~」
「ちょっ…!まて、足元見ろ!!」
中川の足元に机の脚が引っかかる。
体の重心が前のめりに傾く。
手に持っていたカゴを空中で手放し、腕立て伏せの体勢にして体を支える。
「えへへっゴメン~。うっかり」
「本当に気を付けろよ。」
(ただでさえ声が高くて、よく響いて目立つのに。)
起き上がりながら気づいたようだ。
中川は自分の両手を見てからアワアワ慌て始める。
「俺が持っているから安心しろ。」
そう聞いて、そういった俺を見て中川の表情が明るくなる。
俺の両手には、中川がさっき手放したカゴの端がしっかりと握られていた。
俺は溜息一つ吐きケイが向かった方へ歩き出す。
そんな俺に向かって、中川はムッとした表情を浮かべながら
「ため息を吐くと幸せが逃げちゃうぞ」
と言い出した。それを聞いて俺がまた溜息を吐いたので、頬を膨らませた。
(お前のせいだよ中川)
そう思いながらケイもこんな表情をした事があるなと思い出し
思わず口元が緩んでしまった。
今の所、ケイは松崎以外とは喋っていない様で、俺は安心していた。