魔王、無残
「でもあのアクロバットはキレイだったなあカタリ。走るというか、こう、ガガガ! って忍者の三角跳びみたいに二人のお姉さんを空でかっさらった時のオマエ、正直カッコよかったぞ。私あのあと暫くポケーっと放心してしまったくらいだもの。UM緩衝の開き方も見事なもんだったよ。──前から得意な方か?」
サリオがやたら「ガガガ!」っと手振りで周囲に説明していると、ワルディーとシズカが楽しそうに、「ガガガ!」っとマネしてる。
うむぅ。あの状況だったから仕方ないとはいえ、ちと力加減を間違えたか。
もっと頼りない感じでいくべきだった。
スンマセン! スンマセン! 的な。
──何それ。どんな感じだよ。
「というか戦時ステータスにその手の追記があってもイイくらいの見事な手並みだよな。まああくまで外部判定によるモノだから多少の不備があってもおかしくないが……今まであまり見せた事がないとか、そんなトコかな?」
うわヤベ。なんて言おう。てか何だかんだで質問してんじゃねーか。
まあこのワクワクした感じだ、ナツミも興味本位だろう。
ったく、女ってやつはホントおしゃべりが好きだよ。
「……少しは出来る方だと、自分では思います。ただ確かにあまり人前で見せた事ないです。やる機会がなかったというか。俺、戦闘能力は低いんでテストの時とかはあまり出来ないフリしてました。アクロバットだけ見られてショートレンジとかに放り込まれたらすぐ死んでしまうと思ったから。それで迷惑かける事もあるだろうし。でも、今回はちょっと出来すぎです。今まではあんな巧みに動けた事なかったのに……。死に物狂いというか、火事場のなんとやらというのか、俺もよく、解かりません」
こんなところだろうか。くわえて、少し不安げな表情も浮かばせてみる。
「……なるほど。自分の力を見極めて、あえて爪は隠していたか。──それで正解なんじゃないか? いくらアクロバットに長けていても、攻撃手段として扱えないなら作戦レベルで無理して使うべきではない。ああいった突発的なレスキューで動いてもらえただけで充分だと思う」
──あら。会長が俺の肩に手を置いて、少し優しい。そこからアイアンクローとかじゃねえだろうな?
「ランチの時、囮くらいにはなれるとおっしゃったのはそれを踏まえた事なのかもしれませんが……。囮役、撹乱役としても、やはりある程度の戦闘力は必要です。ですからこれからも後方で、まずは自分の身を大切にする姿勢を貫いてください。それでいいんですよカタリさん」
……優しいね、姫。
その微笑み……また少し、罪悪感が。
「出来すぎれす。ごつごー主義れす。じけんの匂いがしましゅ」
うむ、ワルディーは黙ってるがいい。
俺は手近のビスケットにチョコを挟んで、ナゼか猫口で疑惑の目を向けてくるヤツへとチラつかせた。
──ふん、うっとりと黙りやがった。欲しがってやがるぜこのメス。
「ふふ。まあ、あり得ない事でもないわ。実際、軍でもそういった急激な覚醒的現象は確認してきているから。至る引き金は、人それぞれかもしれないけど」
お、おう。ライフが思わぬナイスアシスト。今度エビせんを与えてやろう。
「大佐はウィズダムネットにも一枚噛んでるらしいんだ。──聞いた事くらいはあるだろカタリも。最終機関ウィズダムネット。脳科学とか『認識兵器』とかを研究してるトコらしいけど」
どうでもいい。「ウワサ程度には」とサリオに返しておいた。
「あまりそれに踏み込まない方がいいわ地鏡さん。夜中に知らない人が来るわよ」
ライフの北風みたいに冷える微笑と言葉に──。
「え?! カタリ、私怖い!」
わあカワイイ。俺は縮こまってもデカイ魔王をガン無視した。
「知らない人の身に重大な危険が迫っております」
サリオは危機予測を発動させた姫をペシペシ叩いて黙らせた。
「──もういいです。私はワルディー連れて旅に出ることにしました。ね~ワルディー。ワルディーだけだよ本当の私を解ってくれてるのは。はいポテチあげる。コッチおいで~」
俺と姫に決別の意思を告げたサリオは、みんなのマスコットへと救いを求めた。
「え?! リュシロ、わたしこわい!」
「わるでぃいいいいぃいぃぃ!!」
縮こまって俺の後ろに隠れたワルディーに手を伸ばしながら、魔王は周囲の爆笑の中で悲痛に叫んだ。




