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リバティック・トリガー

 


 不気味な空気の振動音が周囲に響く中、俺は下を見る。

 


 それはオリジナルと同サイズの、黒い日本大陸だった。爆発光は人類の攻撃だ。

 

 後に『(さか)日本にほん』と呼称されるアレも人類の敵。これから人を沢山殺そうとしている。

 

 抗う人類。

 その攻撃は直撃しているが、ほとんど通じていない。


 俺は視覚を超える感覚で世界を見る。

 すると、『逆さ日本』の、位置的に東京都辺りだ。

 その漆黒の大地に、花々が咲き乱れる草原が在る事に気付いた。


 黒い地獄に小さく生まれたエデン。

 

 地上の、本当の日本大陸に住まう人々全てが、恐らくこの空に浮かぶ地獄大陸に恐怖と絶望の眼差しを向けているだろう。

 しかしその裏側にこんな優しいフィールドが儚く存在している事など、誰も想像すら及ばないのではないか。

 そこに降り立った俺は周囲を見回しながら無表情で思う。



 そして、彼は居た。



 そう広くもない草原の真ん中にぽつんと、どこかのオープンカフェに有る様なティーテーブルセットが一式、備わっていた。


 テーブルを挟んで向かい合う、二脚の椅子。その片方に彼は穏やかに座っていた。


 やや大人びた感じの少年だった。俺と同い年くらいだろう。

 まあ俺にはもう年さえ無いが。永遠の十七歳。


 魔界の貴族じみた服装、整った白髪の貴公子は、いきなり眼前に現れ足を組んで椅子に座る俺に一切動じる事なく、手にするティーカップを傾け紅茶をすする。



「下に、殺さなくてはならぬ者がおってな」



 彼は俺に目を合わせもしないで静かに言う。その虚無に満ちた薄色の瞳は何を見るのか。


 面識など無い。そんな俺に対し、この状況で、何者かを問う事もしない。

 もうこの時点で彼は人間ではない、人間ではなくなったナニか、である事は明白だ。


「じゃが、今やそれにも意味を見出せぬ」

 そう言い漏らすと彼はカップをテーブルに置いた。


「惰性」と俺が無表情で小さく言うと彼が「義務」とだけこぼす。


 なんだか、鏡で自分を見せられる感じだった。



「──落とすぞ」

 彼が何気なく言った。



──落としやがった。俺は彼を冷たく見据える。



 今、この『逆さ日本』はゆっくりと落下を始めた。

 阻む大気が地獄の大地を揺るがし、黒い無数の破片が舞い上がる。

 しかし周囲の惨状に対し、この草原は変わらずに美しいままだ。普通の空間ではない。


 あと数分でこの地獄は日本に落下し、日本サンドの出来上がりだ。中の具は瓦礫と血肉。


「客人よ。余の興味が湧かぬうちに立ち去るがよい」

 ゆっくりと席を立つ彼の忠告は何の熱も無かった。


「そうか。けど、そうもいかない」


 俺の言葉も冷えていた。そしてゆっくり立ち上がると首をコキリと鳴らし、続けた。




「下に、守りたいヤツがいてな」



 

 今、初めて二人の虚無に満ちた眼差しが交差した。


「──詮無し」ヤツの目の色がおかしい。

「かもな」俺は冷たく笑む。


 直後、俺とヤツは同時に目を見開いた。

 ゴングではない。ちょっとした驚きに、だ。


「……ふふ、そなたの願いが叶いそうじゃの」


「かもな」


 互いに、表情が少しばかり緩んだ。


「そなた、何者か」


「……お前の敵だよ。きっと」


「……かもな。しかし、興味に至らぬ」

 真似すんな。


 そしてまた、ふふ、と淡くヤツは笑む。

「余はしっぽを巻いて逃げるとしよう。そなたはどうする? 死ぬか?」


「かもな」


 どうでもいいやり取りだ。

 ヤツは軽くお手上げのポーズを取ると何も言わず、消えた。


 

 

 地上に集った熱。俺とヤツが失いかけているモノ。

 

 それは間もなく、壮絶な光となってこの地獄を襲った。

 



──守りたいヤツがいる。

 

 それと同時に、もう消え去りたい自分がいる。


 

 俺は少し空を見上げながらその光を受け入れていた。


 

 真の日本より、とある少女が撃ち放った一発の銃弾は生命の咆哮を纏い、それは大陸をも上回る極大の光弾と化した。

 最早何者も止める事の出来ない『認識兵器』≪解放的な引き金リバティック・トリガー≫。

 その原初の熱は虚無すら食い殺し、冷たすぎる宇宙に意味をも刻む。

 

 その直撃を受けた『逆さ日本』は激しい豪音に包まれながら引き裂かれ、砕け、そして空に融け消えていった。



 否定の盾すら構えず、俺もそのままキレイな光に巻き込まれ、地獄と共に砕け散っていった。





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