第七話 新○○には気をつけろ、期間限定も要注意!
大方針を示す……はずが、主人公たちについてははっきりと示せませんでした。
次回と言うことでお願いします。
翌日の午後五時。黄昏に染まる村の広場にプレイヤーたちが続々と集結していた。自称とはいえスーパーエリート、ルシウスは人を集めることには長けていたらしい。広場の石畳は人で埋め尽くされ、そこから四方に伸びる大通りにまで人波が及んでいる。そこに集った者たちの顔はみな険しく、辺りを尋常でない緊張感が包んでいた。その数はざっと見て五百人ほど。狩りに出かけて居る者たちも多いであろうから、いま村に居るプレイヤーはほぼ全員この場に集合していると言っても過言ではない。
我らは広場の奥にある教会の前に陣取っていた。前に立っている者の頭の陰から、広場の中心を覗きこんでいる。我は背が高いのでそれほど苦労はしないが、背の低いルナリアやレイシーは視界を確保するためにつま先立ちをしていた。どうせ大した人数は集まらないと思ってここにしたのだが――もっと前の方が良かったな。
「では、そろそろ会議を始めよう。私がこの会議の主催者のルシウス・F・ロドリゴーニだ。既に私と会ったことがある人間も多いと思うが、改めてよろしく頼む」
そう言いながら広場の中心へと躍り出てきたルシウスは、居並ぶ参加者たちに優雅に一礼した。その仕草は実に堂に入っていて、本物の舞台役者さながらである。参加者たちの間からパチパチと拍手が零れる。なかなかのリーダーシップだ。
「たいしたものだな」
「統率力だけはある。実力は未知数だけど」
我らが少し感心していると、キンっと鋭い音が響いた。ルシウスが手にしていた大剣――未だ初心者であるせいか、握り手に荒布の巻かれた粗末な鉄製だ――を大地に突き立てたのだ。参加者たちのざわめきがにわかに収まり、辺りに静謐な雰囲気が満ちる。
「このデスゲームが始まってから八日。知っての通り、我々初心者は危機的状況にある。このままではいずれこの町も奴らの手に落ち、我々は一人残らず連中の下僕とされてしまうだろう! ゆえに立ち上がらねばならない! 我々エッリートの力を奴ら廃人ニートどもに示すのだ!」
ルシウスの後ろに控えていた男たち――おそらく、ラウンドナイツとやらのメンバーだろう――が一斉に歓声を上げた。それに釣られるようにして、周囲の参加者たちも次々と鬨の声を上げる。サクラ。古典的な手法だが、上手いやり方だ。これで、ルシウスはほぼ完全に場の空気を掌握したような形となった。
「そのためにはまず力が必要だ。このクリッカ村の北に広がる山岳フィールドが良い狩り場であることはみな存じているだろう。そこにいるレイドボスを倒し、安全な狩り場とすることができれば我々の平均レベルは十五前後までは楽に上げられるはずだ」
「そのあとはどうするんや?」
広場の端から、切れの良い声がかかった。声の主は人混みに紛れてしまって見えないが、声の高さからすると若い女のようだ。ルシウスは一拍ほど間を置くと、重々しく告げる。
「戦いだ。あのモヒカンどもから町を取り戻す! とはいっても、我々の戦力だけでは到底歯が立たないだろう。はじまりの町に居る奴らの戦力はこちらの情報によるとレベル50前後が十三、リーダー格のレベル60前後が一人の計十四人だ。戦闘が始まれば本部から増援が寄こされる可能性も大いにある。おそらく、ここにいる人間の三分の一以上が死ぬだろう」
あまりに悲観的な予想だった。「おいおい……」と諦めに満ちた声があちらこちらから響く。損傷率三割越え。現実の軍隊であれば敗北だ。さらに頭に「大」とか「壊滅的」などと言った形容詞が付くだろう。とても正気の沙汰とは思えない。
「だが今回、我々に協力を申し出てくれたクランがある! 『紅の魔女』の皆さんだ!」
ルシウスが手を後方にかざすと、人波を割って赤い三角帽子に黒ローブの一団が現れた。手には黄金に輝く杖を握っており、その風貌や気配から初心者ではないことが察せられる。彼女たちは幅の広い帽子のつばを掴むと、顔が見えるようにそれを上にずらした。なるほど、彼女たちがルシウスの切り札と言うわけか。
「こんにちは、紅の魔女のリーダーアカシアです。今回は初心者のみなさんが圧政に苦しんでいると言うことで協力させていただくことにしました。六名と非常に少数ですが、皆様のお力になれればと思います」
「えー、紅の魔女さんは見ての通り魔法特化の少数クランだ。だが、特化しているがゆえに一撃あたりの攻撃力は非常に高い。そこで、我々が数に物を言わせて肉壁を作り、彼女たちを徹底的に守護して突破すると言うのが作戦になるだろう!」
ざわめく参加者たち。誰しも、自分が肉壁として利用されるなどと言われてしまえば、黙っていることなど出来ないだろう。次々と意見の声が上がり始める。
「壁を作るって、俺たちを犠牲にするってことか!?」
「前衛職であれば、一発なら奴らの攻撃にも耐えられるはずだ。前がやられたら次、またやられたら次、というようにローテーションしていけばいい」
「敵に飛び道具は?」
「完全に把握しているわけではないが、数は少ないだろう。それに射程ならばこちらの魔法に分がある」
「デバフはどうする? ローテがうまく回らなくなったら、作戦が崩壊するぞ」
「範囲系のデバフは今のところ出回っていない。もし誰かが動けなくされたら、周囲の人間がそれを担いで移動させるんだ!」
……なんという強引な作戦。だが、あながち間違ってもいなかった。これならばそれなりに勝率もあるだろう。さすがはエッリートということか。四浪でしかも卒業に六年かかったといっても、東大卒だけのことはある。いつの間にか強固に反対する声は薄れていき、「こうすればより上手く行くのではないか?」というような質問が主になって行った。
「……だいたいみんな納得していただけたようだな。では、そろそろボス戦についての話し合いを行いたいと思う。まず、今回のボス戦闘には人数制限がある。十チーム計六十人までだ。紅の魔女と私は当然として、あとの五十三人はできるだけレベルの高いメンバーでバランスよく構成したい。……とりあえず、レベル十以上の者だけ私の前に集まってくれないか?」
人混みの中からパラパラと抜け出してくるプレイヤーたち。その中には我らも含まれていた。昨日と一昨日でどうにかレベル十まで上げたのだ。森の中で人込みをかき分け、ゴブリンキングが襲来するギリギリまで粘ったのは相当に骨が折れる作業だったと言える。
レベルが十に満たないプレイヤーたちは自然とルシウスから距離を取り、彼の周りには高レベル――とはいっても、初心者の中でだが――だけが集まった。初心者全体に対してその数はかなり少なく、ちょうど五十人ほどに見える。やはり、込みあう森での狩りはみな相当にきつい物があるのだろう。
「では、それぞれ九チームに分かれてくれ。こちらが指定するより、気の合う仲間同士で組んだ方がいいだろう」
そう言ってルシウスが声をかけると、ものの一分で六人PTが八つ誕生した。やはり最初からある程度仲間と言うのが決まっていたようである。その中で当然、我らは――
「ですよねー……。私たち地雷ですし」
「地雷はAAAだけよ。私とあなたは特化してるだけ」
「いえ、貴方の名前も相当な物だと思いますよ?」
「何を言っているの。私の名前は最先端のイタ可愛い雰囲気を意識してるだけ」
「え、まさかの自覚ありだったんですか!?」
眼を丸くしたレイシーに、ルナリアはフッと笑みを浮かべた。そして軽く周囲を見渡すと、自分たち意外に誰もあぶれていないを改めて確認する。
「どうする? 三人で参加する?」
「うむ……しかし、三人ではこなせる役割がないな。紅の魔女とやらもいるし、戦力は十分だろう」
レベルを見たわけではないが、質の良い装備を見る限り『紅の魔女』の平均レベルはそれなりに高いとみて良いだろう。彼女たちが参加するのであれば、戦力的な心配はほぼないはずだ。最悪、彼女たちだけでも北の山のボス――オーガロードには勝てるに違いない。我々初心者組の参加意義は、強いて言うならボスの経験値を得て少しでもレベルを上げることぐらいだ。
「仕方あるまい、露払いでもするとしよう。気になることもあるしな」
「貴方もやっぱり怪しいと思う?」
「ああ」
我は少し目を細めると、ルシウスの隣に立つアカシアへと視線をやった。つばの陰に隠れて表情ははっきりと伺えないが、青い瞳が涼しげで凛とした印象を与える。ルナリアとは少しタイプが違うが、どこか突き放されたような美貌の持ち主だ。
「何がですか?」
何を言っているのかわかりかねたらしいレイシーが、そっと我らの方に顔を寄せてきた。ルナリアはそんな彼女にやれやれとばかりに耳打ちをしてやる。
「紅の魔女がいろいろと怪しいって言ってるのよ」
「私たちのことを見かねて助けに来てくれたんでしょう? 凄く良い人たちじゃないですか」
「……甘いわ。そんなんじゃこの騙し合いの世界では生き残れないわよ。下剤入りジュースで一次試験落第だわ」
「試験って何!?」
「待て、レイシーは何だかんだいって頑丈そうだからそれぐらい無効化するだろう。湿原でナイミツに殺されると見た」
「殺されるって落第より悪化してる!? というか、訳わかりません!」
レイシーは心底混乱したような顔をしていた。まったく、いつもながら冷静さの足りない女だ。我は彼女の頭を斜め四十五度の角度で軽く叩いてやる。
「あたッ! 何するんですか!」
「いや、混乱していたので直してやろうと思ってな」
「私、家電じゃないですからね! そんな物理的な方式じゃ治りません!」
「じゃあ、精神的にショックを与えれば治る?」
「もっと悪化します!」
「……しょうがない、説明してあげる。彼女たち紅の魔女は見たところ結構な高レベル。そんな彼女たちが私たち初心者を助けるメリットなんて、今のところほとんどないわ。本人たちは善意でやってるみたいなことを言ってるけど、こんな状況じゃ胡散臭い。何か裏があるとみて間違いないわよ」
「あー、なるほど……最初からそう言って下さいよ」
レイシーはやっと話を理解出来たようで、うんうんと頷いた。ちょうどその時、我らがあぶれていることに気付いたルシウスがこちらに声をかけてくる。
「君たちもボス戦参加組かね?」
「そのつもりだったが、やめておこう。露払いをさせてもらう」
「わかった、場所は違うが頑張ってくれ」
ルシウスに軽く一礼をすると、我らは広場の奥へと再び引っ込んでいった。そこで改めて、露払いをするときの戦闘について話し合う。
「さて、露払いとはいっても北の山のモンスターって結構強いですよね。何かいい作戦とかありますか?」
「いつものように、AAAが敵を引きつけて私たちが攻撃すると言うのが定石だと思う」
「うーん、それでタゲを取り切れますかね」
我が的になり切れず、ルナリアやレイシーが攻撃されるようなことがあっては確かに危ないだろう。防具を付けられない彼女たちのみのまもりは未だにかなり低い。ふ、だが我とていつまでたっても成長しないわけではない。最近になって、ようやくあるスキルをゲットしたのだ。人目を忍んで、毎日夜中に修行を積んでいた成果がようやく現れたのである!
「ふ、安心しろ。最近取得したばかりの良いスキルがあるぞ」
「本当ですか!?」
「期待、超期待。ワクワク」
「それはな――」
我は二人から少し距離を取ると、石畳の上で華麗にステップを踏んだ。踵を軽く浮かせ、つま先から石畳にテンポよく足を下ろしていく。前に向かって足を踏み降ろしつつも、体の重心は後ろの足に維持し、器用に体重移動をする。たちまち身体が後方に向かって、動く歩道よろしく滑らかに滑り始めた。
「見ろ、これが我の新スキル『ムーンウォーク』だ。スキルのおかげでかのマイカル以上の腕前だぞ!」
「………………なんだそりゃあああァ!!!!」
レイシーとルナリアの絶叫が広場に響き渡った。何故だ、これならばモンスターどころか全世界の注目を集められると言うのに……!
ヴァンパイアさんの踊りスキルがついに初お目見えです。
ワールドワイドなスケールで戦うヴァンパイアさんにご期待下さい。