第六話 自分に自信がない奴ほど、逆に自己アピールが上手い事ってが多い
高校デビュー・大学デビュー・社会人デビューに継ぐ第四のデビューとして、この時代ではVRデビューなるものがある。リアルでは大人しくて地味なオタク層が、ゲームの世界に来た途端、悪ぶってやたら弾けることを言うのだそうだ。中学では地味だった少年が、高校入学を機に極端なイメージチェンジをする高校デビューに似ていたことからそう呼ばれるらしい。
ルナリアが言うには、阿修羅連合というクランはもともとそういったVRデビュー者が寄り集まって出来たクランだそうだ。彼らの頭を彩るモヒカンは、オタクが畏怖し、そしてある意味で憧れる不良の象徴。それがいつの頃からか、モヒカンを被ったネタクランとして有名になり、次々とメンバーが集まりだした。おかげで現在ではソードギアオンラインのクランとして最大級の規模を誇る。その数、約百五十人。さらにもともとオタク向けのクランであるため廃人率も非常に高く、まだゲーム発売一カ月であるにも関わらず平均プレイ時間は二百時間を超えるらしい。
「……随分詳しいな」
「これぐらい、ググール先生を見ればすぐわかるわ。有名どころだから」
「へえ、そうなんですか。私も初めて聞きました」
「ネトゲは情報戦よ。開幕前により多くの情報を手に入れた者が制するの。それぐらい調べておくべき」
「……そういいつつ、開幕からだいぶ遅れて参戦したんですね」
「学校がいけないのよ、学校が……!」
そうつぶやくと、ルナリアは不貞腐れたように顔をプイッとそらせてしまった。どうやら、彼女のデリケートな部分に触れてしまったようだ。レイシーはやっちまったという顔をすると、粗末なベッドに腰を埋める。
デスゲーム開始から一週間。状況は日々悪くなる一方だった。ログアウト機能が回復する気配はなく、外部通信で見られるニュースでは、責任逃れに終始する運営の醜態ばかりが流されていた。さまざまな部署の代表者が責任をなすり合い、それらを統括するはずの社長は聞いたこともない病気――ニュースでは突発性腹痛症候群などと言っていた――によって入院するというお決まりのパターンである。俗に言う『エクストリームお詫び』の状態だ。国も対策本部を立ち上げたりテコ入れはしているが、そちらも腰が重く動きが鈍い。
ゲーム内の状況はさらに悪かった。本来ならばゲーム攻略の要となるべきトッププレイヤーたち、その中でも特に廃人とされる最上位層が、阿修羅連合を中心として横暴な支配者となってしまったのだから。ルナリア曰く「ゲームのトッププレイヤーなんて、ほぼ百パーセント童貞駄目ニート」。現実世界にもともと居場所など持たなかった彼らは、危険な攻略などせずに圧倒的なアドバンテージが存在するこの世界で、強者となる道を選んだのである。世はまさに弱肉強食。強者はどこまでも繁栄し、弱者は骨の髄まで搾取される世紀末が到来していた。
はじまりの町を乗っ取られ、居場所を失った我ら初心者たちは町から少し離れたクリッカと呼ばれる村に拠点を作っていた。森の奥にひっそりと佇む小さな村に、約八百人もの初心者プレイヤーが集っている。当然、村にそれだけの人間が泊まれる宿泊施設などあるはずがなく、大部分の人間は道端や路地裏で野宿をしていた。うらぶれた彼らの様子は、さながら難民キャンプのようでさえある。
幸い、行動の早かった我ら三人は村の農家に宿を借りることが出来ていた。母屋の向かいにある離れが丸ごと我々の部屋となっていて、二十畳ほどの面積がある。残念ながらベッドを始めとした調度は質が悪く、三人相部屋だが、野宿組に比べれば遥かにマシだろう。それに、ボロいだけあって宿代がほとんどタダ同然なのも良い。
「しかし、これからどうしましょうか。クエストが受けられないと、隣の町にも行けないんでしたよね?」
「ええ。通行証クエストを受けないと王都の中には入れない」
「門番を叩きのめせば入れるんじゃないのか?」
「そんなの駄目ですよ! 捕まります!」
ダメダメっと首を横に振るレイシー。相変わらず、堅物な女だ。いつも思うが、これでは生きていくのが大変ではないか?
「警察が怖くて生きていられるか。大丈夫だ、あとで金を渡せばいい」
「賄賂ダメ、絶対!」
「そうよ。警官は強欲だからひとたび賄賂なんて払ったら一生絞り取られるわ! パチンコ代とかプラモ代とか、何かと理由を付けて奪われるわよ!」
「……あのマンガ、まだ連載してたのか」
「ええ、三百巻超えた」
……異様なほどの執筆速度ゆえに前々から人間を超越してるとは思っていたが――いよいよこれは確実だな。今度ファンレターを送って、同輩でないかどうかを確かめねばなるまい。もしそうだったら、今や数少ない仲間のよしみでサインの一つでも貰いたいものだ。家宝にするぞ。
「そんなことより、私たちが今後どうするかです! さすがにこのままずっとと言うわけにもいきませんよ!」
「……とりあえず、レベルを上げるしかないだろう。町のモヒカン連中は平均レベルがすでに五十近いと言う話だからな」
ソードギアオンラインのレベル上限は百五十。ただしそれは一年以上先を見越した設定だったようで、トップクラスの廃人たちでも現在はまだレベル七十にも満たない。しかしそれでも、平均レベルがまだ十にも満たない初心者たちとの差は非常に大きく、圧倒的な存在として町を支配している。VRゆえにプレイヤーの技量である程度どうにかなり、さらにこちらの方が人数は圧倒的に多いとはいえ、彼らを出し抜くには平均でレベル三十は必要だろう。
「でも、レベルもそろそろ頭打ちになってきたわ。限界が近い。ぼっちメタルが必要」
「確かに……八を超えてからと言うもの、全く上がらないからな。狩り場の限界に近いというのはある」
「……新しい狩り場、ですか」
クリッカの村周辺は、今や初心者たちの戦場と化していた。千にも達しようかと言う初心者たちが、モンスターを求めて熾烈な争いを繰り広げている。その様子は休日のネズミ遊園地、もしくは真夏の八十八里浜にも匹敵するほどだ。経験値の『旨い』レアモンスター、シルバーラビットでも出ようものならそこら中のプレイヤーたちがアメフト並みの激しい争奪戦を展開する。キャパシティーオーバーもいいところだ。
かといって、森の外の草原は危ない。モヒカンたちが馬で爆走しているからだ。「ブヒヒヒン!」と巨大な黒馬を唸らせ、集団で草原を駆けまわる彼らは、この世紀末世界の象徴として初心者たちから何よりも恐れられている。彼らに見つかったら最後、町まで連行されて奴隷コースが確定するからだ。横切ると無礼打ちされる大名行列などよりも遥かに性質が悪い。
「……どうしたものか。考えるとしたら北の山だが、あそこはボスが居るからな」
ボスと出会えば、今の我らでは確実に勝てない。そうなれば待っているのは死だ。我自身はどれだけ死んだところでなんとでもなるが、ルナリアたちはそうもいかない。かといって、我がひたすら持久戦でボスを倒すと言うのも難しい物がある。キャラクターが死ぬとそこで戦闘状態が解除され、ボスのHPが振り出しに戻ってしまうからだ。ルナリアたちに内緒で、密かに実験してみた結果わかった事実である。
ちなみに、ルナリアたちには自分がヴァンパイアであるなどとは言えないので、「たまたま機械が不調だったので生き残ったのだろう」と言って誤魔化している。あれ以来、死者数は増加の一途をたどっているので、彼女たちもその説をおぼろげながらも信じていた。
「私、ギャンブルは嫌いよ。特に生死を賭けるようなタイプは」
「私も嫌ですね……」
「むむむ……」
我は顎に手を当てると、やれやれとため息をついた。これほど追いつめられたのは久しぶりかもしれない。すると、その時だった。
「私に良い考えがあるぞ!」
「ほわッ!?」
「なッ!?」
いつの間にか、我らのすぐそばに金髪の男が立っていた。宝塚風の派手な顔立をした男で、人様の部屋だというのに威風堂々とした態度だ。纏っている服もプレイヤーメイドと思しき豪奢な騎士服で、袖口の金のカフスがギラリと輝いている。……もしかして、ヴェル百合のオスヘルでも意識したのか。
「話は聞かせてもらった。君たちの悩みはこのルシウス・F・ロドリゴーニが何とかしてやろうではないか」
「……その前に、そなたはなぜここにいるのだ。というよりも、一体何者だ?」
「これは失礼した。部屋の扉が開いていたものでね、つい入らせてもらったよ。しかし君たちも気を付けたまえ、入ってきたのがこの東大卒スーパーエッリートの私だから良かったものの、ニート廃人どもだったら奴隷だよ、奴隷」
「はあ……」
これまた、ずいぶんと面倒そうな人間だ。我が呆れてポカンとしていると、レイシーとルナリアは互いに顔を寄せてひそひそと相談を始める。
「……なんでこの人、ゲームの世界で学歴をアピールしてるんでしょうか」
「きっと、学歴しか誇る物がないのよ。寂しい人生なんだわ」
「あー、居ますよねそう言う人って。東大卒でも仕事できなくて万年ヒラとかよく聞きますし」
「この人の場合……四浪ぐらいで入学して、しかも卒業に六年掛けたと見た」
「うわァ……」
「そこ、聞こえてるからな! めちゃくちゃはっきり聞こえてるからな!! 嫌がらせか、嫌がらせなのか!? つーか、なんで私の過去が分かるんだ!」
「何となくそう言うオーラが出てた」
「………………クッ!」
ルシウスは顔を下に向けると、ウウッと嗚咽を漏らした。腕で目のあたりを拭う様子は、人生の悲哀に満ちている。しかし、彼はすぐに回復を果たすと再びマシンガントークをぶちかましてくる。
「所詮は低学歴の戯言だ、戯言なんだ……。こほん! えー、私がここへ来たのは他でもない。北の山のボス攻略に参加する人員を募集しに来たのだ。我々はすでにラウンドナイツというチームを結成していてね。あともう少し人が集まれば、どうにかボスを倒せそうなのだよ。そこで、これから何をやろうか話し合っていた君たちに声をかけたと言う寸法だ」
「なるほど。それで、勝算はどの程度あるのだ?」
「これからの集まり具合にもよるが……八割は超える。文一の私の計算だ、まず間違いない」
「文系じゃないですか! ダメです、終わってます!」
「うるさい、東大だからオールOKなのだ! 心配するな、私以外にも我がラウンドナイツの誇るエッリートな頭脳集団がきっちり検証した結論だ。間違いはあるまいよ」
「エッリートっていう点が際限なく不安。宇宙レベルで不安」
「………………まあいい。明日の夕方会議を開くので、もし興味があったら見に来てくれ。場所は村の中央広場だ。もしそれを聞いても嫌ならば、その場で帰ってもらって構わん」
ルシウスはそう言い残すと背中のマントを翻し、部屋を出て行った。何故だか精神的にくたびれてしまった我らは、揃って大きなため息をつく。
「どうします?」
「やることもないし、行くだけ行くとするか」
「……あいつはウザいけど、その意見には賛成。そろそろ他の人間の動向も気にするべき」
「よし、では明日はボス攻略の会議だな。今日はそれに備えてレベル上げでもするか」
こうして、当面の方針を決めた我々はレベル上げに向かったのであった――。
今回はほぼ説明回……。
次回から本格的に話が動き始めます。