第五話 新シリーズって何かと期待するけど、意外と微妙だったりする ※加筆しました
大木がAAAの腹に激突する。レベル三のひ弱な身体は瞬く間に宙を舞い、地面に叩きつけられた。響き渡る少女たちの絶叫。視界の端に表示されていた緑のHPバーはたちまち黄色となり、赤となった。そして最後のワンドットが削れ、「GAME OVER」とアナウンスが流れる。視界が暗転し、軽い眩暈がAAAを襲う。彼はそのまま瞳を閉じ、光へと還って行った。
「AAAさーーーーん!!!!」
レイシーは髪を振り乱し、AAAが消えた方へと駆けだそうとした。しかし、その肩をルナリアががっしりと抑えつける。その時のルナリアの表情は真剣そのもので、瞳は氷のように鋭かった。
「駄目! あなたまでやられるわ!」
「でも、AAAさんが!」
「彼の死を無駄にしないためにも、今は逃げるの!」
ルナリアはレイシーの手を握ると、それを引っ張って一目散に駆けだした。ゴブリンキングは棍棒を肩に担ぐと、彼女たちの後をのそりのそりと追いかけていく。やがて、草原の中ほどにあるなだらかな丘を越えたところで、ゴブリンキングは追撃をあきらめた。本来の活動範囲である森から離れ過ぎたゆえだ。夕焼けの元、ゆっくり森へ帰っていくその背中を見ながら、ルナリアたちはほっと胸をなで下ろす。
「何とか巻けたわね」
「そうですね…………」
――ぽたり。レイシーの瞳から、滴が落ちる。それは虚無を思わせるほど澄んでいて、さながらガラス細工の様でさえあった。
「……大丈夫、まだ死んだって決まったわけじゃないわ」
「でも、まんざら嘘だとも思えないですよ。このゲームの発売元って、いろいろ怪しい噂の多いリルドネートですし……」
「わかった。じゃあ、この場で彼を供養してあげましょう。それであなたも忘れて」
「……はい」
ルナリアは手にしていた杖で草原の大地を耕すと、こんもりとした大きな山を作った。さらにその天辺に落ちていた木の枝を刺し、なだらかな側面に「AAA」と記す。これで簡易ながらも墓の完成だ。二人はその前にしゃがみ込むと、眼を閉じて手を合わせる。
「南無大慈悲救苦難広大 霊感白衣観世音――」
「……なんですか、それ」
「白衣観音経。マンガで覚えた」
「そんな怪しげなの、逆に唱えない方がよくないですか!?」
「いいの、これが私の彼に対する祈りだから」
そう言うと、ルナリアは正しいのかどうか実に怪しい白衣観音経を再び唱え始めた。するとその時、彼女たちの耳におどろおどろしい声が飛び込んでくる。
「それを唱えるな!! 耳障りでしょうがない!」
振り返ると、土に塗れた上にルナリアの読経に対して盛大に顔を歪めたAAAが立っていた。まだ吹き飛ばされた時の感覚が若干残っているのか、右足のあたりを引きずりながらやってくる彼の姿は、性質の悪い怪物のようにしか見えない。実際、ヴァンパイアなのでその通りと言えばその通りなのだが――。
「のわッ!? ゾ、ゾンビ!?」
「へんなの唱えるから生き返っちゃったんですよ! 悪霊退散! 悪霊退散!」
「いや、我は別にゾンビでも何でもないぞ。生きておる」
「い、いやーー!!!!」
AAAの言葉を無視して、わき目も振らずに逃げ出した二人。彼はそのあとをすぐに追ったが、彼女たちが冷静さを取り戻すまでに五分近くの時間がかかった――。
「あはは、無事だったんですね! やっぱり、デスゲームなんて嘘だったんだ!」
「……私は最初からわかってたわ。信用してたなんて、レイシーは子ども」
「普通に信じてましたよね。AAAさんのお墓とか作ってましたよね」
「賢者たる私が、この程度のことで動揺するはずがない」
「カッコイイこと言ってますけど、目が真っ赤ですし顔も引き攣ってます!」
先ほどまで我から逃げ回っていたのが嘘のように、笑いながら漫才を繰り広げる二人。どうやら、我が死んでしまったと勝手に思い込んでいたらしい。実際、人間であれば死んでいたのだろうな。意識が闇に堕ちる瞬間、心なしか頭の奥が痛んだような気がする。しかしまあ、ヴァンパイアがあれぐらいで死ぬなどあり得ない。そもそも、ヴァンパイアを殺すには複雑な儀式が必要で、その手順は我自身でさえよく知らないのだ。つまり、どうやったら死ぬのかすらわからない。
「……とりあえず、デスゲームについては置いておこう。だが、ログアウトができないのは事実のようだな」
「そういえば、ゲームオーバーになると一旦ログアウトする仕様になってましたね」
二人は慌ててメニュー画面を表示すると、ログアウトボタンがないかどうかを確認した。するとやはり――ボタンはない。メニューの右端で一際存在感を放っていた長方形のボタンは、影も形もなくなっていた。その部分は空白となっており、四角形の角が取れたようになっている。
「ボタン消えてますね……」
「死んでも駄目、ログアウトボタンもない。詰んだ……?」
「む、新しいボタンがあるぞ」
本来ならばGMと書かれたボタンがあったはずの位置に、『外部通信』なるボタンが置かれていた。物は試しとばかりに我がそれを押してみると、たちまち目の前に映像が映し出される。それは夕方のニュース番組のようで、若いキャスターが慌ただしく原稿を読み上げていた。
『先ほどからお伝えしておりますが、リルドネート社の運営するオンラインゲーム「ソードギアオンライン」で大きな事件が発生しました。もしご家族やご近所の方がゲームをプレイしている場合、速やかに警察や消防へ連絡してください! なお、ヘッドセットは絶対にはずさないでください! 繰り返します――』
時折混じる、スタッフの怒号や足音と言ったノイズ。それが映像の緊迫感を一層引き立てていた。画面から伝わってくるただならぬ気配に、ルナリアたちが息を呑む。
「他のチャンネルも見られる?」
「やってみよう」
画面の下に表示されている数字をタッチすると、チャンネルを切り替えることが出来た。我は次々とボタンをタッチしてチャンネルを換えるが、どこの局もソードギアオンライン絡みの報道特番を放送している。唯一、東テレだけはアニメ番組の端にテロップを表示するという荒技を使っていたが。――未だにボケモンシリーズが続いていたのは驚きだ。
「嘘……これ、本当のテレビなの?」
「さすがに、これだけ偽装するとなると難しいんじゃないでしょうか……」
動揺を隠しきれない二人。まあ無理もない、我も長らく生きてきたがこのような展開になるなど予想もつかなかったからな。
「落ちつけ。我もまさか、サトルではなくタカシの息子がボケモンの主人公になるなど予想外だったが――」
「そこですか!? まさかのそこチョイスですか!? 私たちはただ、ソードギア関連のニュースにビックリしてるだけですからね! ボケモンの新シリーズとか別に興味ないですからね!」
「私はちょっと興味ある。タカシの息子だから、ちゃんとしたヒロインが現れるかどうか不安だわ。それにあのルックスでは女子人気が……」
「アニメの今後を心配するより自分たちの心配をしませんか! 私たちデスゲームに巻き込まれてるんですよ!?」
レイシーがそう言うと、ルナリアはしれっとした顔で我の方を見た。そして手を伸ばすと、我の肩をぽんぽんと叩く。
「だって生きてる。少なくともデスゲームじゃない」
「ま、まあそう言われると……でも、テレビで死亡者が出たって言ってましたよ。たまたま運が良かっただけって可能性もあるんじゃないですか?」
レイシーの言葉に、ルナリアはわかってないなあと言う顔をした。彼女はチッチと指を振ると、はっきり断言する。
「テレビの情報を鵜呑みにしては駄目。奴らは国民を惑わす偏向報道をしているの」
「……なるほど、その可能性はあるな。視聴率のためなら死者の一人や二人でっちあげるだろう」
「もうちょっと信頼してあげましょ!? 確かにヤラセとかありますけど、そこまではしないって信じてあげましょうよ!」
「……ふ、お子ちゃまね。私はネットで真実を知ったわ。まあ、ログアウトできなくなったってことぐらいは確実ね」
「あの、ネットソースの方がよっぽど怪しいような気が……」
「失礼な、パソ通の情報は半分ぐらいは信頼できるぞ」
「たった半分じゃないですか!」
――いつまでもこの場で話し合っていても仕方がない。それに夜になれば魔物が凶暴化して危険だ。話に結論は付かなかったが、ひとまずそう判断した我らは、はじまりの町へと引き上げることにした。話し始めてから五分後のことだった。すでにレイシーはくたびれて息が荒くなっている。
草原の道を抜けて、町の城壁の近くへと到達する。すると町の中から、ばらばらと人が出てくるのが見えた。みな何やら焦った顔をしていて、息を切らせて草原を走っていく。見たところ、装備はせいぜい革レベル。とても夜に狩りが出来るような物ではない。
「おい、何があったんだ?」
「あんたら知らないのか!? いきなり町に阿修羅連合のモヒカン廃人たちが現れて、大暴れしてんだよ! PKされたくなけりゃ従えって!」
「はあ!? どういうことですか!?」
「よく知らねーけど、倫理コードが解除されたらしい! あんたらも早く逃げな、特に女キャラは犯されちまうぞ!」
そう言い残して、男は一目散に走り去って行った。我ら三人は逃げる彼の背中を茫然と見送る。デスゲーム開始から一時間。早くもはじまりの町はモヒカンの炎に包まれ、世紀末になってしまったようだ――。
この回で序章は終了。
次回からいよいよ第一章「町を取り戻せ!」が始まります。
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※加筆修正しました。