第三話 ツッコミ役はだいたい眼鏡
町の中央に位置する大きな広場。そのすぐ脇に、我らの目的地である冒険者ギルドは存在した。三階建てほどの武骨な館で、どっしりとした古めかしい壁からは物々しい気配が伝わってくる。赤い煉瓦屋根の上では獅子の紋章を描いた旗が翻り、さながら砦のようだ。さりとて、出入りしている人間はみな布の服や革の鎧と言った頼りない装備の物ばかり。完全武装の者など一切いないあたりが、若干ちぐはぐでさえある。
両開きの扉を開けて中に入ると、すぐ正面にカウンターがあった。制服と思しき白いブラウスを着た、若い女がそこに腰掛けている。歳は二十前後と言ったところか。ふんわりとした栗毛と、生気に満ちた闊達な瞳が特徴的だ。彼女はこのギルドの受付嬢らしく、入ってきた我らの姿を見るなりスッと居住まいを正す。
「こんにちは、何か御用ですか?」
「冒険者登録がしたいのだが」
「えっと、お二人でよろしいですか?」
ルナリアは黙ってこくりと頷いた。受付嬢は「わかりました」というと、カウンターの下から書類と羽ペンを取り出す。昔懐かしい羊皮紙と羽ペンだ。昔はこれで我もいろいろ書いたりしたものである。
「では、こちらにお名前をお書きください。あ、わかる文字で構いませんよ」
手慣れた手つきでさらさらと名前を記す我。一方、ルナリアは羽ペンを使い慣れないのか、ずいぶんと不器用な手つきで文字を書いていた。はて、魔女とかそういう連中は半分文筆業のようなものなので、字が上手いイメージがあったのだが……彼女は例外らしい。
苦戦しつつも、なんとか名前を書き上げたルナリア。彼女から書類を受け取ると、まとめて受付嬢に手渡す。受付嬢はカウンターの上にあった大きな判子を手にすると、ポンっと書類の右端をついた。
「これで登録は完了です。ギルドの説明を受けられますか?」
「私は良い。説明を聞くとかだるいわ」
「我も別に要らぬな。どうせ、ランクがどうとかいかにもありがちな話であろう。退屈だ」
「…………わ、わかりました。説明はいらないんですね」
受付嬢の額で、血管がビクビクと脈を打った。心なしか、声にドスが効いているような気もしないではない。……もしかして、ここは説明を聞くべき流れだったんだろうか。けれどまあ、大体感覚でわかるゆえなんとかなるであろう。冒険者ギルドなど、しあわせクエストの時代から対して進歩のないシステムであるのだしな。
『メインクエスト:2を達成しました! 続いて、最初のクエストを引き受けましょう!』
ポーンと音がして、アナウンスが響く。受付嬢が馬鹿に不機嫌だが、これでよかったようだ。我とルナリアは軽くアイコンタクトをすると、そのままギルドの奥へと足を運ぶ。
ギルドには広々としたラウンジがあった。その奥の壁が丸ごと巨大なコルクボードとなっており、依頼用紙が大量に貼り出されている。ボードは上から順にA~Fまでの六つに区切られていて、それぞれ貼られている用紙の形式が微妙に異なっていた。ただしAやBにはまったく用紙は貼られておらず、Cもまばら。逆にDとEは非常に数が多く、視点を変えないと全て見ることが出来ないほどである。
「Fランクしか受けられないみたいだわ……」
『ランクが不足しています』という画面を表示させたルナリアは、心底退屈そうにつぶやいた。彼女が手にしている用紙はEランクのフォレストウルフ討伐依頼のもの。どうやら、依頼の詳細を見ようとしたところをシステムに拒否されてしまったようである。
「Fランクだと……薬草採取とゴブリンの討伐ぐらいか」
Fランクは入門編と言うことなのか、依頼のバリエーションが少なかった。しかもそのほとんどが、町の中でこなせるお手伝いクエストである。そういった物を避けると、ゴブリン討伐と薬草採取しかなかった。
「ゴブリンね。採取なんて賢者様のやることじゃない」
「同感だ。ちまちま採取なんてやってられぬ」
依頼用紙を手に我がカウンターへ向かおうとすると、ルナリアが肩を掴んできた。何だと思い振り返ると、彼女はその細い首をふるふると横に振る。
「ゴブリンは集団で行動してるから厄介。連戦するなら僧侶必須って、ググール先生が言ってた」
「ググール先生?」
「世界で一番頼りになる先生よ。だから間違いない」
聞いたことのない名前だが、賢者のルナリアが言うのなら間違いはないだろう。しかし、僧侶か。全くこれと言った当てがないな。どうすれば仲間に加わるのだろう? 残念なことに、地図を見る限りではこの町にはルイーゼの店も酒場もない。
「僧侶と言ってもな、どうやって連れてくればよいのだ? この町には酒場などないようだが」
「問題ない、私に任せて。ふ、ネットゲーマーなんてほとんどは耐性ゼロの童貞。選ばれし美少女賢者の私が、色気で誘えば一発で釣れるわ」
そう言うと、ルナリアは小柄な割にたっぷりと実った胸元を抱えるようにして寄せた。言ってることの意味はさっぱりだが――ずいぶんと自信があるようだ。ニッと吊りあげられた眉からは、怪しげなオーラさえ発せられている。この分なら、任せてしまって大丈夫であろうな。
「わかった。では、我は依頼の受注だけ済ませて外で待っていよう」
「了解。優良な僧侶を連れていくから、期待してて」
カウンターに依頼用紙を提出すると、我はそのままギルドの外へと出た。そして扉の脇の柱にもたれかかると、ぼんやりと広場の噴水を眺める。巨大なウェディングケーキのような形をしたそれからは、大きな水柱が天に向かって吹き上がっていた。降り注ぐ滴が陽光を乱反射し、虹と霧がその周囲を覆っている。その光景は幻想的で、万華鏡のように常に変化をしていた。ゆえにしばらく見ていても、まったく飽きが来ない。
こうして暫く噴水を眺めていると、脇の扉からルナリアが出てきた。だが、額に皺を寄せたその顔からは怒りが滲み出ていて、彼女と連れ立って出てくるはずの僧侶はいなかった。拳を震わせる彼女に、我はやんわりと声をかける。
「うまくは……行かなかったようだな」
「ええ、何故か名前で引かれたわ……。あと、ネカマ扱いされた。リアルでもパーフェクト美少女の私をネカマなんて、あいつらあとでやるわ。絶対にやるわよ……!」
……恐ろしいほどの殺気だ。何故ゲームのキャラなのにネカマと呼ばれたのかがわからないが、ルナリアにとっては相当屈辱的だったらしい。眼が軽く血走っていて、肩が小刻みに震えている。下手をすれば、教会の悪魔祓い共よりも濃密な殺気なのではないか……!?
あまりの殺気に我ですら引いていると、扉の中から一人の少女が現れた。柔らかな銀髪を肩のあたりで切り揃えた、大人しい印象の少女である。顔の幅に対してかなり大きめな赤縁の眼鏡が特徴的で、そこから覗く蒼い瞳が愛らしい。
彼女はこちらのただならぬ気配を察すると、ハッと口元を押さえた。だが、すぐにその手を離すと勢いよく頭を下げる。
「す、すいません! さきほど僧侶を募集してた人ですよね? もし良かったら、仲間にしてもらえませんか!」
少女の声が響いた途端、ルナリアの殺気が収まった。彼女はふうっと息を出して胸を落ちつかせると、ゆっくり少女の方へと振り返る。
「あなた、私の募集を受けてくれるの?」
「はい! あの、自分で言うのも何なんですが……私、特化僧侶で」
「ああ、なるほど。低レベルのうちは人気ないとか言うわね、特化僧侶」
ルナリアは我の方へと向き、視線を合わせてきた。この子を仲間に入れて良いか、という確認だろう。特化僧侶――字面的に考えれば、回復役に完全特化した僧侶ということだろうか。確かに、低レベルのうちは攻撃力や防御力が少ない純粋な僧侶は育成が相当に厄介だ。それでいて、序盤の敵の攻撃などたかが知れているので、あまり必要とされない面倒な存在である。
「……まあ、我は構わぬぞ」
「ん、わかった。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ポーンと耳慣れた音がして、PT勧誘のコマンドが浮かんだ。名前の部分にはレイシーと表示されていた。我はそれを承認すると、改めて挨拶をする。
「勇者AAAだ。よろしく頼むぞ、僧侶レイシー」
「私は†深淵を覗きし賢者†ルナリア。よろしく、レイシー」
「えっと、AAAさんとルナリアさんですね? 私は僧侶レイシー、改めてよろしくお願いします」
ルナリアの額ににわかに皺が寄った。彼女はレイシーの方をジロッと睨みつける。
「違う! 私は†深淵を覗きし賢者†ルナリア。称号を省略しちゃイヤ!」
「え? なんでですか!? ちょっと長くて言いづらいですよ!?」
「私の称号はあの日、導師様より授かった大切な物。私で初代から数えて十三代目になる非常に由緒正しい称号なの。これを省略することが許されるのは――」
「ストップストップ!! 一体何の設定ですかそれ!? このゲームでそんな設定は聞いたことないですよ! というか、AAAさんもさりげなくさっき勇者とか言ってましたよね? どういうことですか!?」
不意打ちで妙なことを聞かれてしまった。どういう設定のキャラだか知らないが、やけに騒がしいキャラだ。しかも、我が勇者であると言うことを疑っているらしい。まったく、初っ端からこんな厄介なキャラが仲間になるとは。一体どういうゲームなのだか。
「うぬ? 妙なことを聞く奴だな。勇者だから勇者と名乗っただけのことだが」
「いやいや、勇者なんて居ませんよこのゲーム! MMOなんですからね!」
「えむえむおー? この間も聞いたが、なんなのだそれは。トラクエと違うのか?」
我がこう言い放った途端、世界が止まった。はて……何が起きたのだ?
ヴァンパイアは、ついにMMOの意味に気付くのか……?
結末は待たれよ次回!
なお、次回の終盤からはいよいよデスゲームが始まる予定です。
ゆるゆるとお待ちください。