第二話 類は友を呼ぶから気をつけよう
眼を開くと、そこはこじんまりとした四畳半ほどの部屋だった。ややくすんだ色合いをした白漆喰の壁と、桧皮色のフローリングがよく調和している。家具は小さなベッドとチェストが一つずつ。いずれもよく使い込まれていて、角の取れた縁から生活感が伝わってくる。
ヨーロッパ風の何の変哲もない部屋。そこらの家の扉を開ければ、同じような部屋をすぐに見つけられそうだ。だが一つ、どうしてもおかしな点がある。それは――
「な!?」
視界を埋め尽くす人の群れ。満員電車とまではいかないが、相当な人口密度だ。広い屋敷に一人でいることに慣れた我としては、息苦しささえ感じてしまうほど。しかも顔や髪型こそ違うが、その全員が我と同じデザインの服を身につけている。中にはわけのわからない嬌声を上げる者などもいて、得体が知れない。一体、こいつらは何者だと言うのだ!?
『メインクエスト:1を受注しました!
ソードギアオンラインの世界へようこそ! 今日からあなたはこの世界の冒険者です。まずは町長に挨拶をして、初期資金と装備を受け取ってください。町長は家の一階にいます』
よく通る女の声が響く。頭に直接響くようなそれは、騒がしい部屋の中にあってもはっきり聞き取ることが出来た。それが終わるのとタイミングを合わせるかのように、我の周りにいた人間たちは一斉に扉の外へと出て行った。同じ服を着た人間がわらわらと虫の群れのように集団行動する。統率が全く取れていないのに、同じ服装で同じ行動をしようとするところがかなり不気味だ。
「とりあえず……町長のところへ行くか」
気を取り直すように、大きく息を吸う。驚いたせいで速くなっていた脈拍が、若干だが遅くなった。開け放たれていたドアを潜り、傾斜のきつい階段を下りて一階へと向かう。すると、そこにはまたしても先ほどの集団が居た。町長と思しき恰幅の良い中年男を、十重二十重に取り巻いてわあわあと騒いでいる。何なのだこいつらは――我は思い切って、その集団の一人に話しかけてみることにした。
「そなたたち、何をやっておるのだ?」
「何って……クエだけど」
キザな印象のする金髪の男は、我の質問に不機嫌そうに顔を歪めた。よくわからんが、どうせすぐに出番がなくなる初期町の町人のくせにずいぶんと生意気な奴だ。我はむっとするものの、それを押し殺して質問を続ける。
「クエとはクエストの事か?」
「そうだよ。なんでそんなこといちいち聞くんだ。かまってチャンかよ」
「いや、そういう意図ではないのだがな。何故かそなたたちが我と同じような行動をしているようで……」
「そりゃまあ初期だから行動ぐらい被るだろうさ」
「被る……? なぜ町人のそなたらと勇者の我の行動が被るのだ?」
我がそう言うと、男は黙って一歩後ろに下がった。彼だけではない。我の近くにいた者たちは、皆我の顔を見ながらスッと身を退いてしまう。おや、何か好感度を下げるようなことでも言ったか? 我は自分の言動を思い直してみるが、特におかしなことは言っていないはずだ。
「うわあ、勇者様かよ……」
「さすがにここまでの勇者は初めてだわ」
「うは、勇者乙!」
耳をすませば、勇者や勇者様と言う言葉が次々に耳へと飛び込んでくる。なるほど、この者たちはみな勇者の威光に恐れをなしたと言う事か。ふふ、ゲームの中とはいえ人に畏れられるとはヴァンパイアとして気分が良いものよ。興が乗ってきた我は、えいと胸を張ると町長の方へと歩み寄っていく。我に近づき難いのか、町長を取り巻いていた連中はそそくさと場を空けた。
「やあ、旅人君。気が付いたようだね?」
我が目の前に立つと、町長はごく自然な態度で話しかけてきた。あの女神アフロディーテとやらほどではないが、相当造り込まれたNPCのようだ。どんな話の流れでも、必ず「はい」と言わせようとしてくる無限ループな連中とは少し違うらしい。
「ああ、先ほどな」
「うむ、その調子なら身体の方はすっかり良さそうだ。して、君は自分が何者かわかるかね?」
「……さっぱりであるな」
「そうかい。ならば、私が教えてあげよう。君は女神様の加護を受け、異世界からやって来た特別な冒険者だ。私たちでは君のような者のことを渡り人と呼ぶ。このはじまりの町は、そう言った渡り人が最初に降り立つ町なのさ」
「ほう……」
この世界の勇者は、女神の加護を受けた異界人と言う設定なのか。何と言うか、やけにさっぱりとした白紙に近いような設定である。普通、勇者と言うのは親父の代から超級の猛者だったり、クリスタルに導かれし者たちだったりするが――ちょっと拍子抜けだ。システム周りにこだわり過ぎて、設定がお留守になっているのかもしれない。グラフィックにこだわり過ぎるからいけないのだ。
「君たちに与えられた役目を我々は知らない。だが、せめてもの手助けをさせてもらおう。これを持って行きたまえ」
「おお……!」
町長はそれなりの重量がある頭陀袋を手渡してくれた。口の隙間から銀色の輝きが覗いている。ジャラン――これは、結構な額が入っているのではないだろうか。そう思った途端、頭陀袋が手から消えて、耳に心地よいポーンと言う音がした。目の前に現れたコマンドには、「5000アルを獲得した」と表示されている。この世界の貨幣価値はわからんが、どこぞの王様より太っ腹ではないか! 我は思わず町長に向かって深々と礼をした。
「かたじけない」
「礼はいらんよ、好きに使うと良い。これから君はこの世界で新しい生活を始めるんだ、金は要り用だろうからね」
「相わかった」
「初めはギルドへ行くと良い。あそこへ行けば、何かしら依頼があるだろう。君のこれからに幸あれ」
『メインクエスト:1を達成しました!
続いて、メインクエスト:2を受注しました。ギルドへ行って冒険者登録をしましょう』
これで達成か、最初とはいえ何とも呆気ないものよ。我は町長にお辞儀をすると、すぐにその場を立ち去ろうとした。揃いの服を来た連中は、未だにこちらを訝しげな眼差しで見ている。こいつらの役割がとりあえずよくわからないが、ライバルキャラと言ったところだろうか? まあ、勇者という単語に恐れをなしたので大したことはないと思うが。
こうして歩き始めた我の前方を、青いコマンドが塞いだ。一体何であろうか。視線を下げて見れば「†深淵を覗きし賢者†ルナリアからパーティーのお誘いが来ています」と表示されている。
「ほう、序盤から仲間が増えるのか」
名前からすると、相当強力な魔女か何かだろうか? そう思って振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。黒髪を短く切り揃えた日本人形のような少女で、控えめだが整った顔立ちをしている。造りの小さい鼻にぽってりとしたサクラの唇。頬は我ら夜の者を思わせるほど白く透き通っていて、何より瞳の色が左右で違っているのが特徴だ。左はピジョンブラッドを思わせる猛き紅。右は深海を思わせる穏やかな蒼。それぞれ趣は全く異なるが、共通して美しい。……仰々しい称号を持っている割には、何故か装備は我と同じ布の服なのであるが。
「そなたが、ルナリアか?」
「違う、私の名前は†深淵を覗きし賢者†ルナリア。賢者の称号はあの日、導師様より授けられたものなので、親しくなった人か私と同じ賢者以外の人は省略不可なの。ちゃんと覚えてね」
「あ、ああ。わかった。深淵を覗きし賢者ルナリアだな。よろしく頼む」
妙な注文に動揺しつつも、我はルナリアの手を握った。それと同時に「パーティーが結成されました」というコマンドが表示される。その様子を見守る周囲の人間たちは、やけに寒々しい眼をしていた。おいおいと、呆れたような顔をしている者さえいる。これは……もしかして嫉妬なのだろうか。まあ、深淵を覗きし賢者なんて、聞いただけでも強そうだからな。
「ん、そろそろ行きましょう。ギルドはあっちよ」
「わかった。……ふふ、今から楽しみだな。早くモンスターと戦いたいものよ、夜の血が蠢きおるぞ」
「ええ。私も左目が疼くわ……」
こうして、我と仲間のルナリアは町のギルドへと向かったのであった――。
深淵を覗きし賢者ルナリアを仲間にした勇者AAA。
果たして彼はいつオンラインの意味に気付くのか?
そして、作者の胃はプレッシャーにどこまで耐えられるのか!
次回、第参話「突っ込み役は大体眼鏡キャラ」
この次も、サービスサービスぅ!(CV大○のぶ代
期待せずにお待ちください。