第七話
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神の定義とはなんだろうか。
という重い話から物語を始めたら大多数の人間がウインドウをそっと閉じることになるかもしれないが、できれば飛ばさずに読んでくれると嬉しい。
俺はどちらかといえば科学信者であり、科学を使わない方が面白くなるなら別に気にしない享楽派でもある。使えるものはなんだろうと使う現場主義でもある。
実際に神様だと宣言した存在が目の前に現れたならば、科学信者、オカルト信者のどちらが信じるだろうか。
どちらにしても手放しで認めることはしないだろう。
まずは不思議な現象を見せないことには始まらない。
そうでなければただの法螺吹きでしかないからな。
不思議パワーも結局のところ科学的な現象を変わった技法で見せるだけだったり、あからさまな視覚トリックを用いることもある。
あとは一般の知識では想像もつかないような歴史を重ねた地形や造形物を使って騙すやり方とかもあったな。
もともとオカルト好きではあったが、こういった検証を繰り返す雑誌を見てがっかりしたのも若かりし日の思い出だ。
では科学信者でも信じる神とはなんだろうか。
現在では発見されていない理論で作った道具を作れば神様なのか。
しかしドラえもんが実際に現れても神様とは呼ばれないだろう。
これは未来人が作ったロボットだと知っているからだ。
神様ではないにしろ、空を飛び、地球を破壊できる武力を持ち、過去も未来も行き来している存在は、ある意味神と呼んでもおかしくはないのではないか。
なぜなら神様もドラえもんも、どちらもただの人間には抵抗するだけ無駄な存在であるからだ。
このヤンデレ女の使っている道具は、四次元ポケットのように一個一個が話題になるような驚きびっくりメカではない。
世界滅亡などの恐怖を与えるようなものでもないが、ごく自然に、当たり前のように使っている道具が人類の科学を超えているものという恐怖。
江戸時代の人に軽トラックを見せるようなものか。
じゃあお前らの最先端科学はどれだけすごいのかという畏怖だ。
見た目は普通のメガネ美人で性格はがっかり人間。
いっそのこと強引に押し倒したり暴力を振るって脅すなどといった乱暴な行動を見せれば従順になりそうな雰囲気ではあるが、間違ってヤツの新たな引き出しを垣間見ることになるのは嫌だ。
素晴らしい未来技術を見るのは楽しいが、その結果を俺の体で表現されるのは決して喜ばしいことではない。
さらに押し倒したことがきっかけで、メルヘン女に妙な感情を抱かせてしまう可能性も否定できない。
ああ、そもそもこいつはベレッタも持っていたのだ。
なんという鉄壁。
結局のところ、コイツの言ったメルヘン発言がすべてを物語っているのではないか。
「私のすべてをみて、私のすべてを受け入れる」
そんなふうに何かの存在を崇める人間にとってはそれを神と呼び、同じ対象でもそう思わない奴にとっては神ではないのだ。
俺にとっては「ドラえもん」も「天空の城ラピュタ」も神だしな。
だから俺は、絶対的な神の存在を信じない。
目の前の女を心の底から女神だと思う日なんてきっと来ない。
ちょっと変わってはいるが普通の会話を普通にしているだけの女だ。
圧倒的科学力は見て見ぬふりをすればいい。
ただヤツはホーリーネームが「女神」あり、宗教的理由からそれで呼んで欲しいと言っているだけで、俺はその要望に優しく答えただけなのだ。
自己弁護終了。
「まあ女神と呼ぶのはいいんだが」
改めて口にしてみると妙な気分になったが、無宗教の人間が言葉にするにはなかなか慣れない単語だろう。
新たに出されたショートケーキを口に入れてムズムズした感覚を誤魔化す。
口の中でとろける生クリームとスポンジの相性が絶妙で、芳醇な苺を咀嚼すると不思議な高揚感に包まれる。なんだこのショートケーキ。
「年齢も見た目とは違うのか?」紅茶で流し込んでから聞いてみた。「お前のネタは古すぎるだろう。本当は40才越えてんじゃね?」
「失礼な」女神は淡々と答えた。「わたしは見た目だけじゃなく、声からして若々しいじゃないですか。アニメになったら雪野●月さんや岩●潤子さん、はたまた矢島晶●さんが演じるくらい若々しいですよ」
「っ!?」
紅茶を飲み干しといて良かった!
つっこみたい!
滅茶苦茶つっこみたいっ!
でもつっこむと色々まずい……っ!?
どこだ、どこをつっこめばいい!?
アニメ化どころか書籍化されてもいない、もっと言えば読者がいるのかすらわからない小説で何を言ってるんだとか、たとえアニメ化されてもこのネタ絶対に使えねーとか言えばいいのか……っ。
その声優さん達は悪くない。俺の青春だった人たちだ。だけどもうみんなお前と同じで●●過ぎてるじゃねえか!!
消される。きっとこんな発言したら消されちまうっ!?
「ぬぬぅ……っ」
ショートケーキが急激に苦く感じる。先程までの恍惚感など吹っ飛んでしまった。
「……わ、悪かった」
「いいえ。別にいいのですよ。にっこり」
今までに見たことのない良い笑顔しやがった。
一応、人間の女だと思ってこれまでは控えていたが、神様だから関係ないかとうっかり年齢ネタを振ってみたことがそもそもの失敗である。
神様であっても女性に年齢ネタを振ることは危険だ。
それだけでも十分な収穫である。
ちくしょう。
前半なに考えてたか忘れちまったじゃねえか。