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第五話




「いわゆるあれですよ。いまネットとか小説でブームになってるテーマで、異世界転生とか異世界召喚というの。分かりますか?」

「ああ、聞いたことはあるな」

「代表作で言えば、Bugってハニー?」

「古い!」

「じゃあマイコン電児ラン」

「もっと古い! それに両方とも異世界と違う!」

「このあたりで十代どころか二十代の読者すら匙を投げたと思う」

「何の話だよ!?」

 

 ヤンデレは話し始めると抑揚が無いながらも饒舌になってきたのだが、澄ました顔でちょくちょく小ネタを挟めてくるためツッコミが大変だった。

 そして、そんな対応が嬉しいらしいヤンデレがさらに暴走するという悪循環が重なり、聞き終わるまでかなりの時間がかかった。

 というか感情を出す代わりにクッション殴るのやめろ。




 自称女神の発言をまとめてみるとこうだ。


 いま神様の世界では異世界召喚がブームである。

 特殊能力のない世界から引っ張ってきた人間をちょっと魔改造して別の世界に送り込む。そうすることで起きる変化を見たり、修正したりする娯楽らしい。


 創作の中ではよくある話と思ってはいたが、実際に神様側の立場で見れば、金魚の水槽の中にピラニア入れて楽しむようなもんじゃね?

 それとも子犬達の中に一匹だけ子猫入れるようなものか。

 どっちにしろ醜いアヒルの子みたいであんまりいい趣味とはいえないな。


 ちなみに、会話の中で2000年前くらいにエルサレムあたりで生まれた人物が実は異世界転生だったとか妄言を吐き出したので、情勢を鑑みてまとめるに至った。


「私には興味のない話でしたが、実生活にまで影響があるのでは仕方がありません」


 樹里亜は悔しそうに唇を歪める。


 なにやら彼女は俺たちの世界で言う携帯電話を持たない人間みたいな扱いされているようだ。


「うちの勇者さんがね」

「この前送った男をエルフ女に変えたやつだが」

「魔王を一撃で倒す奴とか」

「まてまて、そういうことならうちの転生させた話をしなきゃならんな」


 神が集まれば、自分たちの送った人間たちの自慢話が主になり、次の話題は誰の送った勇者だ、と目を輝かせているそうだ。


 ブーム以前からも異世界召喚を趣味で行う神もいたが、極少数のニッチな遊びであり、現実世界に絶望したものや、絶体絶命の窮地に陥ったもの、現実との境目が固まっていない少年少女など、説得しやすい人を選んでいたそうな。


 しかしブームになるとそんなのはお構い無しになり、単なる一般人でも異世界に召喚しはじめる。この点については多少問題になっているようだが、ブームの波に押されて不問とされている現状である。いずれ大きな問題になりそうだが大丈夫なんだろうか。

 

 そんなブーム真っ最中の神世界では異世界召喚をしたことがない神様が話の輪に入ることなどできず、入ったとしても異世界召喚の面白さを延々と語るうえに、それだけ面白い娯楽を体験しないなんてどれだけ人生を無駄にしているか、などと上から目線で嘆かれる。


「仕舞いには場の空気を悪くしたと上位の神にお説教まで頂いてしまうこの虚しさがわかりますか……っ!?」


 言葉の端々に怒気が宿っている。

 確かに興味のないブームには乗る必要なんてないわな。大いに共感しようじゃないか。

 しかし、嫌な予感を払拭するため確認する事柄が先にあった。


「もしかしてだが……俺がその召喚になるのか?」

「ええ。だからやりました。私は悪くありません」

「俺には悪いことじゃねーか!」


 なんで俺に膨れっ面を見せる必要があったんだよ。


「というわけで、面倒臭いながらもそれなりに判断した結果の下、あなたは選ばれたのです」

「う、嬉しくねえ……」

「じゃあ、第一印象から決めてました。お願いします」

「ごめんなさい」


 うっかりネタに反応した結果、「くくくっ、まさかの大ドンデン返し……っ!」などと言いながらまたもクッション叩きが始まっている。どうしてくれようか。


 もういっそのこと「あばよっ!」と捨て台詞を吐いていなくなって欲しい。


 そんなネタはともかくだ。

 事実らしい異世界召喚を聞いて俺は頭を抱えた。

 

 ヤンデレの目的も、俺がなにをすべきかも分かる。これでもゲームや漫画はそれなりに体験している日本人だ。


 子供の頃からアニメ漬け漫画漬けの環境で育っているのが日本人だ。

 英単語を覚えるにも萌えが混ざり、扇風機の取扱説明書にも漫画があったりする。買い物に行けばマンガ風イラストの商品がいたるところにあるし、その質の高さは驚嘆に値する。

 多くの日本人は自覚していないが、海外のオタクたちからみれば、生まれが日本というだけでエリート扱いされている分野なのだ。


 だからこそ思考的摩擦なんて必要ないくらいスムーズに受け入れられた。


 ただし、納得できるかと言えば、答えはノーだ。


 ファンタジーや空想科学を楽しむには、まず現実を強く認識する必要がある。だからこそ割り切って遊べるのだ。


 現実で指先から炎が出るわけがない。だからこそありえない出来事を可能にする魔法に夢や憧れを抱けるのだ。


 現実でハーレムなんぞ不都合ばかりだ。だからこそ良い部分だけを切り取った美少女ゲームでハーレムを囲う生活を楽しむのだ。


 科学を駆使して魔法っぽいなにかを再現する研究は良いが、中二病が必死になってカメハメ波を撃とうと練習をしたところでただの笑いものでしかないし、ハーレムを構築しようとすれば背中から刺されたり相手の両親から絶縁されたりするだろう。


 現実と空想の境界線を越えると、信じているのに魔法は発現しないという現実を突きつけられ、それでも拒絶すると、妄想でのみ完成された世界へと逃げ出す。

 結果どちらの世界で生きるにも辛くなり、現実では中二病という痛々しい結果が現れる。


 ともあれ、ここまでの話でわかったことは、神様たちの残念な廃人会話を聞きたくはなかったとかそういうことじゃない。


 話している最中ぎゅっと握り締めるクッションがかわいそうだと思ったことでもない。


 なんだか凄いことになっちゃったなあ、という他人事のように思っている自分の感情であった。


 現実の境界線がやけに遠い。

 認めていないだけでもうしょうがないのか。

 あとは常識を捨てて腹をくくればいいだけの話なのか。


 俺はやおら立ち上がって無理矢理に叫んだ。


「よし……時は満ちた!」

 

「うぇ?」


 ヤンデレは驚いてクッションを落とした。


「さあ、我に力を。我に魂を。我に福音を!」


「うわあ……」


 ドン引きされた。

 

「せっかく乗ってやったというのにこの仕打ち!」


「目の前で痛い発言されるのはちょっと……」


「お前が言うんじゃねーよ! お前こそ邪気眼トークバリバリだったじゃねーか!」


「邪気眼?」ヤンデレは首をひねる。「額におはじきくっつけて地球が~前世が~とかいう話?」


「だからなんでお前の例えはいつも古臭いんだよ!」


 ぼくたまブームとかもう誰も憶えてねえよ!


 元ネタは確かに古いが、根本的な部分は似たような設定が多いからそんなに違和感がないな、と冷静に評論しはじめたところで、叫ぶことにあまり意味がないと気づく。

 異世界に行くのに中二病は必要ない。

 叫んだところで中二病とは関係ない。

 それはただのバカである。

 反省。

 

 座り直して紅茶を一口啜る。


 紅茶を注がれてから10分以上は経過しているはずなのに紅茶は熱々である。この理不尽さが妙に泣ける。


 まさかカップ内の時間を止めているとか不思議概念じゃないだろうな。

 液体そのものがぬるくならないとかだったら俺の胃周辺は今頃大騒ぎだろうし。

 カップの外面は触りやすい温度に、内面は一定の温度に保温可能という二層構造になった不思議カップという可能性が一番高い。そうだ不磁器カップとか呼ぼうか。もともとネーミングセンスに自信がないのは自覚していたが、これはないだろう。


「ああ……」


 なにか精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。

 これまでずっと否定してきた現状把握であったが、紅茶の保温というただ一つの状態を受け入れただけで、他の全ての異常事態も心に染み込んできたのだ。

 

 口直しにうんざりするくらいの濃いコーヒーを飲んで目を醒ましたくなるが、冷めない紅茶で我慢する。さらになにかが染み込んでくるような気がしたが、頬を引きつらせるだけに留めた。 

 

 ふいーっ、と大きな溜息を吐いて落ち着けた。そして吐き出したあとに疑問を投げかけた。


「大体だ。なんで俺なんだよ」


「はい。まずこの映像を見ていただくと良くわかります」


 ポケットからカセットビジョンを手のひらサイズにしたようなリモコンを取り出し操作を行うと、テーブルの左端が伸びて薄型モニターへと切り替わった。


「あなたにとって最期の一日をご覧いたしましょう」


「……え?」


 最期? 最期ってどういうこった?




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