こんな時には
言葉の端々に漂うどこか冷めた温度と、諦念の交じる独自の視線。そんな世界の切れ端を集めた短編集(あるいは奇妙な独白録)をイメージして書き下ろした「まえがき」です。
まえがき
世界はいつも、どうにもかみ合わない単語の連続でできている。
意味があるようでいて別になく、取るに足らないけれど、どうにも捨てきれない言葉たち。頓珍漢で、突飛で、面倒臭くて、投げやりで。そんな「と」や「め」や「い」をひとつずつ拾い上げて並べてみても、人生の謎が解けるわけでも、誰かが救われるわけでもない。
生きろと言われても困るし、死ねと言われても腹が立つ。
だからここには、大層な感動も、背中を押すような情熱も置いていない。
ただ、そんなくだらない世界を「まあ、そんなもんか」と眺めながら、とりあえず今日をやり過ごすための言葉だけを並べた。
ページをめくるのも、途中で閉じるのも自由だ。
まあ、そんなんでも取り敢えず――気が向いたなら、少しだけ付き合ってほしい
トカゲの「と」は、頓珍漢のと。
トナカイの「と」は、
突飛のと。
トリニンゲンの「と」は、突拍子もないのと。
メロンの「め」は、面倒臭いのめ。生きたきゃ生きろ氏にたきゃ生きろ!の「い」は、色眼鏡のい。
そんな風に考えてる
そんなんでも取り敢えず……
とりあえず息を吐いて、明日の分の歩幅を決める。
意味なんて後から勝手に付いてくるから。
信号が青に変わるまでの、ほんの短いつなぎ目。
言葉の端っこをポケットに突っ込んで、
世界のどうでもよさに、少しだけ乗っかって歩く
言葉に意味を詰め込んでは捨て、どこかの誰かが決めた正しさを冷ややかに眺めてみる。そんな捻くれた言葉遊びを並べ立てながらも、私たちはどうしても「取り敢えず……」と次の一歩を踏み出してしまう生き物のようです。
頓珍漢で突飛で突拍子もなく、面倒臭くて色眼鏡越しにしか見えないこの世界。投げやりに「生きたきゃ生きろ、死にたきゃ生きろ」と突き放しながらも、こうして言葉を吐き出し続けること自体が、実は静かな執着なのかもしれません。
意味なんてなくてもいい。くだらない頭文字の連鎖の先に、ほんの少しの暇つぶしと、かすかな救いがあれば幸いです。お付き合いいただき、ありがとうございました。




