6話 翌朝
私の頬を誰かが、ムニッ…… とつまんだ。
「……んんんん?」
急激に眠りから目覚めて、私の頬をつまんだ誰かを見あげると──
姉の旦那様、クロード様が怖い顔で私をにらんでいる。
「ビオレータ・デントン。なぜ君がここにいるのか、説明してもらおうか?」
「……っ!」
ヒュゥ…ッ… と私の息が止まった。
寝室のカーテンが開けられて窓から朝日が差し込み、クロード様の端正な顔を照らしていた。
素肌にブルーのローブを羽織った姿で立っているのを見ると、クロード様自身も目が覚めてから間もないのだろう。
「ビオレータ、説明しなさい」
口調は穏やかだけど……
私が質問の返事を拒むのを絶対に許さないという厳しさが、クロード様の声に出ている。
私の頬をつまむのをやめると、クロード様は無表情だった顔にニッコリと笑顔を浮かべて腕組みをした。
顔は笑っているけど、クロード様の目が少しも笑っていなくて怖い。
「……はい。あの…………」
(ううっ…… どうしましょう! クロード様、すごく怒っているわ!)
昨夜の自分がとんでもない失態を犯したことを思い出した。
私は何の説明もしないで、初夜までお姉様の代わりをしてしまったのだから。
クロード様の笑顔が怖くなっても不思議ではない。むしろ大声で罵倒されないだけましなのだ。
「ビオレータ?」
クロード様の問いかけに答えようと姿勢を正すためにベッドから身体を起こしたら、上がけが胸からスルリと落ちて……
「は、はい! ……やっ…… キャッ!」
私は自分が一糸まとわぬ裸のままで、眠っていたことに気が付いた。
あわてて上がけで胸を隠していると、クロード様は私に背を向けてベッドの端に腰をおろす。
「ご… ごめんなさい、クロード様!」
「うん」
背を向けたクロード様からハァ──…… と大きなため息が聞こえ、私の胸がヂクヂクと痛み出す。
私は胸に引き寄せた上がけを見つめながら、昨日の出来事を包み隠さず話した。
結婚式の直前に姉のマグノリアが手紙を残して家出したことや、お母様に言われるままクロード様をだましたことを。
フゥ──ッ…… とクロード様はまた、大きなため息をつく。
「それならそれで、最初から言えば良かったのに……」
「クロード様のおっしゃるとおりです。本当にごめんなさい!」
ビクビクと怯えながら、謝ると……
「妻の名前が違うのだから。神殿で誓いの言葉をいうところから、もう一度やり直しだな」
「……妻の名前? あのクロード様…… それはつまりマグノリアお姉様ともう一度、結婚式をあげなおすということですか?」
クロード様はもう一度、私の頬をムニッ…… とつまんだ。
子供のころお姉様と一緒に悪戯をしてクロード様を困らせた時に、よく今のように頬をつままれた。
つままれた頬は痛くないけど。まるで小さな子供のように扱われて、すごく恥ずかしいのだ。
「君の純潔を奪ったのだから、君と結婚するに決まっているだろう? “ビオレータ”」
「私と……⁉」
(クロード様はお姉様を愛しているのに?)
「そうだ」
「まぁ、どうしましょう!」
(誠実で高潔なクロード様なら、そうすることは予想できたはずなのに! 昨夜はなぜ私はそのことに気付かなかったの?)
愛に目がくらんでしまったからだ。
「“まぁ” ……じゃないぞ、ビオレータ。マグノリアの身代わりを引き受ける君も、かなり非常識だが。君の両親までマグノリアの悪戯に流されて付き合うなんて。……本当にどうかしているよ」
「ごめんなさい」
(確かに昨夜はどうかしていたわ。初夜までマグノリアお姉様の身代わりをするなんて)
私のせいでクロード様は、愛するお姉様を妻にすることができなくなったのだ。
初夜の前に私がクロード様にすべて打ちあけていたら。私はお姉様の身代わりを無事にやり遂げて、クロード様は愛する人を妻にできたのに。
「本当に私は…… どうかしていたわ」
(こんなことになるなんて!)
大きな罪悪感に押しつぶされそうになり、血の気を失い頭がクラクラする。
「とりあえず、僕は腹が減ったから朝食にしよう」
「はい。本当にごめんなさい」
「もう、良いよ」
「クロード様……」
「どうせ優しい君は家族が困っているのを見たら、断われなくて押し切られてしまったのだろう?」
「いいえ。確かにお母さまに迫られたけれど、私が身代わりを断らなかったからだわ」
(それに昨夜のことも、私自身の気持ちがそうしたいと思ってしまったから)
恋い焦がれるクロード様にキスをされた私は舞い上がり、家族やお姉様のことなんか少しも考えていなかった。何よりも大切なクロード様の気持ちさえも。
「……っ」
(私は最低だわ! 自分のことしか考えていなかった!)
私が落ち込んでいると、クロード様の大きな手で頭をなでられた。
そんな風に優しくクロード様に慰められると…… よけいに自分が情けなくて、こぼれる涙を我慢できなくなる。
「クロード様、ごめんなさい…っ…… ごめんなさい……!」
私は自分の気持ちを抑えられなくて、クロード様に求められてもいないのに純潔を押しつけてしまった。
瞳からあふれ出した涙がポタッ…… ポタッ…… と音をたてて落ちて、上がけに小さな染みをいくつも作る。
「きつい言いかたをして悪かった。僕はもう怒ってないよ、ビオレータ」
「ごめんなさい!」
私が子供のころのようにクロード様は自分の膝に上がけごと私をのせて、泣き止むまで背中をなでてくれた。
「もう、怒ってないよ……」




