3話 祭壇の前で
結局、マグノリアお姉様は見つからず。
私はお母様の計画どおりに神殿の祭壇前で、クロード様の隣に立っていた。
顔が隠れるように頭から長いベールをかぶった私を、誰もがマグノリアお姉様だと信じていた。
花婿のクロード様でさえ隣に立つ私が、本当はビオレータだと気づいていないようす。
「……」
(どうしよう! ついに祭壇まで来てしまったわ!)
こんな計画は失敗すると。ここへ来る前にきっとクロード様が私に気づいてしまうと思っていたのに。
クロード様と神殿に集まったたくさんの参列者を、嘘をついていることに罪の意識と恐怖を感じているから。私の身体はガチガチに強張り、ブーケを持つ手は密かに震えている。
「……っ」
(どうしよう! どうしよう! マグノリアお姉様、どこにいるの⁉)
厳かな空気の中で神官様の声が神殿の広間に響き、祭壇に祀られる女神様の教えが語られていたけれど。緊張のピークに達していた私の耳には、ためになるせっかくの教えも素通りしてゆく。
でも………
「誓いのキスを───!」
思わず私はビクッ! ……とその場で飛びはねそうになった。
他の言葉は頭に入らなかったのに。神官様が近いのキスをうながす言葉だけは私の耳に重く響いた。
「……うぅ」
ここまではベールで顔を隠していたから、隣に立つクロード様に私がビオレータだと気づかれなかったけれど。さすがにキスのためにベールを上げたら……
クロード様が誓いのキスのために、私が深くかぶった花嫁のベールを上げようと手をあげた。
私の顔を隠すベールをクロード様があげる前に、私は思いきって自分の手でベールをあげる。
瞳が見えないよう注意して、鼻のところのギリギリまで。
「……んんっ?」
私の態度にあきれたらしくハァ―――ッ…… とクロード様はため息をつく。
クロード様はベールをあげようとした手を、私の腕に軽くそえてキスをした。
私の唇にではなく…… 頬に。
クロード様はニヤリと笑う。
「はははっ… マグノリア。君の化粧、濃すぎないか?」
「……!」
(ああ、だからクロード様は頬にキスをしたのね?)
ベッタリと私の唇に塗られた真っ赤な口紅が気になり、クロード様は唇へのキスはやめたのだ。
「それに香水をつけすぎだよ。隣にいるときつくて気持ち悪いぞ?」
「そうなの?」
確かに。お母様が振りかけたスミレの香水の香りがきつくて、私も気分が悪い。
言われて気づいた。私をエスコートするクロード様は香水のきつい香りが嫌で、花嫁と花婿にしてはぴったりとくっ付かずに私と少しだけ距離をとっている。
「僕が香りをつけると、放蕩者みたいだと君はいつも文句を言うくせに」
「……えっ?」
(お姉様はそんなことを言ったの? 私は適量ならおしゃれで好きだわ。特にクロード様が付ける香りなら)
私の耳にそっと唇をよせて、クロード様はおかしそうに笑いながら、ヒソヒソと私を揶揄った。
「こんなにいっぱいつけて。香水が好きではないと、前に君は言っていなかったか?」
「……っ」
(近い! 近いわ! クロード様の顔がこんなに近くにあるなんて)
一瞬で自分の顔が真っ赤にそまったのを感じる。
「おいおい、マグノリア。赤くなったりして…… まさか緊張しているのか? 君らしくない。いつもの元気はどうした? んん?」
クロード様は陽気に私を挑発し、揶揄い続けた。
私をマグノリアお姉様だと思っているクロード様は、私の前では見せない素のままの自分を出している。
クロード様の飾らない言葉がその証拠だった。
「…ええ」
(子どもの頃は私にも、こんな姿を見せてくれたのに…)
いつの頃からかクロード様は他の令嬢たちと同じように、私を礼儀正しく扱うようになった。
婚約者とそうでない女性との間に、クロード様はしっかりと線を引いたのだ。
私もお姉様と同じクロード様の幼馴染なのに、それがどれだけ寂しかったか。
「もう……嫌っ……」
(クロード様にとって特別なのはマグノリアお姉様だけで。クロード様はお姉様を愛しているのね?)
だから子供の時と変わらない、少しだけ意地悪で悪戯っ子のような、素の笑顔を見せてくれる。
(花嫁の姿でクロード様の隣に立つことが、こんなに辛いとは思わなかったわ)
お母様が言った通り身長と髪色がお姉様と同じだから、クロード様は自分の前に立つ花嫁が私だと気づかない。
──私だとクロード様に気づいてもらえない。
自分を偽り神聖な結婚の誓いを冒涜した私は、女神様から罰をあたえられたのだ。
祭壇の奥に立つ細身の女神像を見あげると、目が合い責められている気がして私はうつむいた。
「マグノリア……」
「……」
クロード様にエスコートの手を差しだされたけど、私はクロード様の大きな手を取らず、思わずジッ… と見つめてしまう。
「こらっ! ボー…… とするなよ、マグノリア」
ナイフで切り裂かれるように胸が痛む。
「今日は本当に調子が悪いな、マグノリア。腹でも減っているのか?」
「……」
私は首を横にふり、淑女らしくクロード様が差し出したエスコートの手にそっと触れた。
クロード様は私の手をトントンとなだめるようにたたく。
「マグノリア。もう少しだけ我慢だ」
「……」
私は黙ってうなずいた。
(お姉様が帰って来たら、恨んでしまうかもしれない! 自分の結婚式で時間稼ぎに私を身代りに使うなんて。こんな残酷なことをするマグノリアお姉様を許せそうにないわ!)
でも本当は自分でもわかっている。一番いけないのは私自身だと。お母様に説得されても受け入れるべきではなかったと。
お姉様が羨ましくてたまらない。だから私はお姉様のマネをして大胆な行動に出た。
クロード様に恋する気持ちを捨てきれず。嘘でも良いからクロード様と並んで祭壇前に立つという、子供のころからの願望を叶えたい誘惑に負けてしまったのだ。
花嫁のベールの下で、小さな涙のつぶが、私の頬をつたって落ちた。




