2話 結婚の理由
数時間後にはソールズ伯爵領の神殿で結婚式が行われるというのに。その主役のマグノリアお姉様が逃げ出したのだから。
お母様が悪魔のような怖い顔になった気持ちが、ようやく私にも理解できた。
「……それでお母様。これからどうするのですか?」
「あなたにはマグノリアの代わりに結婚式に出て欲しいの」
「私が代わりにお姉様の結婚式に?」
「ええ、そうよ」
お母様との話に気をとられ背中のボタンを外していた使用人に、着ていた水色のドレスを手早くはぎとられてしまった。
私はいつの間にかコルセットと下着だけになっていた。
お母様は椅子の上に置いてあった純白のドレスを両手で抱え、険しい表情で私に言った。
「さぁ、ビオレータ。花嫁のドレスを着なさい!」
「待って下さい。代わりとはいったいどうするのですか?」
「あなたとマグノリアは背の高さも髪の色も同じで、黙って立っていればそっくりだから……」
「お母様はまさか、ク…… クロード様を騙すつもりですか?」
(本気なの⁉)
「大丈夫よ、ビオレータ」
「でもクロード様にウソをつくなんて……」
「お化粧を濃くしてベールを頭からかぶってしまえば、クロード様もきっとわからないわ」
「そんな…… お母様、無理です。神様の前で誓うのよ? 私にはできません!」
「大丈夫よ。我が家の事情を知れば神様もきっと許して下さるわ」
「そんなお母様。なんて大雑把なの?」
「さぁ、ビオレータ! 急いでちょうだい。時間が無いの!」
「……っ」
(ああ、そうだった)
普段は落ちついて見えるお母様だけど。
お父様はよく『マグノリアは若いころの妻に似ている』と言ったいた。
お母様はときどき驚くほど大胆な行動にでることがある。こんな時のお母様は、家出したお姉様とそっくりなのだ。
ちなみに私は気が小さくて真面目なお父様によく似ていると言われる。
「ビオレータ、あなたも知っているでしょう? クロード様との結婚はただの結婚ではないと」
お姉様とクロード様は仲が良い幼馴染みだから婚約していたのではない。
「それは……」
(政略結婚だとわかっているけれど)
お姉様が嫁ぐソールズ伯爵家と、我がデントン家との間でもちあがったこの縁談には、とても重要な意味がある。
──私とお姉様が幼い頃。
何日もふり続けた雨で近くの川が氾濫し、デントン家の耕作地を水浸しにして、収穫前の農作物を腐らせた。
水害は他にも病気や害虫を発生させ、その年の収穫期は壊滅的な被害をうけた。
デントン家は大きな借金をかかえることになり、お父様は土地を売って借金を返済しようとした。
「隣の領地をおさめるクロード様のお父様、先代のソールズ伯爵様がデントン家に救いの手を差しのべてくれたから……」
「ええ、そうよ。だからこの結婚は絶対に断れないの」
とても裕福なソールズ伯爵様はデントン家の借金をかわりに返済するかわりに、両家の子どもを結婚させておたがいの土地を1つにまとめる契約をむすんだ。
元々土地を売って借金を返すつもりだった私たちのお父様は、喜んでソールズ伯爵様の提案を受けいれた。
何といっても準男爵の娘が伯爵夫人になれるのだからと、両親は大喜びしたそうだ。
「でも、ウソをつくなんて……」
「とにかく、結婚式を乗り切ればなんとかなるから。さぁ、がんばってビオレータ!」
今も私たちデントン家がこの地で暮らしていられるのは、ソールズ伯爵家のおかげなのだ。だから簡単に結婚をやめるわけにはゆかないとわかっているけど。
「今、お父さまが使用人たちと一緒にマグノリアを捜してくれているから。あなたは姉が見つかるまで、時間稼ぎをして欲しいの」
「お母さま、時間稼ぎ……って…… 正直にクロード様に打ち明けたほうが、良いのではありませんか?」
「ビオレータ。マグノリアのようなおてんば娘がこの機会を逃せば、きっと一生結婚できなくなるわ」
「そ… それは……」
(確かに。結婚式の直前で逃げ出せばお姉様でなくても大きな醜聞になって、結婚どころではなくなるでしょうね)
「それに殿方は恥をかかされるのを、一番嫌うものなのよ」
「でも……」
私がグズグズと抵抗しているうちに、お母様は私の唇に真っ赤な口紅をベッタリと塗る。
「考えてみて、ビオレータ。結婚式の直前で花嫁に逃げられたりしたら…… クロード様がかわいそうでしょう?」
「……確かに。何の落ち度もないのに、クロード様がかわいそうだわ」
私がぽつりと言うと……
「そうよ、ビオレータ! あなたまで逃げ出したら、クロード様はもっとかわいそうになるのよ?」
「うっ………」
(そうなのかしら?)
「ね? わかったわね、ビオレータ!」
「はい、お母様……」
(今のお母様に、口で勝てる気がしないわ。クロード様ごめんなさい! 弱い私を許して下さい!)
お母様と話をしているうちに、何が一番正しいのかわからなくなってきた。
クロード様を騙すのはいけないことだとわかっているのに。お母様の言っていることも正しい気がして……
私はお母様に言われるがまま、マグノリアお姉様のウエディングドレスを着た。
「まぁ! マグノリアよりも、ビオレータのほうがこのドレスは似合うわ!」
「そうかしら……?」
「ええ。まるであなたのために仕立てたドレスみたいだわ! とても綺麗よ!」
自分が着ている純白のドレスを見下ろして、私はハァ──… と大きなため息をつく。
「……」
(お母様。そんな見え見えのお世辞を言わないで)
私たちは姉妹だから姿かたちは似ていても、性格が顔にあらわれるせいでマグノリアお姉様のほうが強く華やかな印象を持たれる。
だから私が『マグノリア嬢の妹』と呼ばれることはあっても…
お姉様は『マグノリア』と名前で呼ばれ、間違っても『ビオレータの姉』と呼ばれることはない。
私はいつでも活動的なお姉様の引き立て役でぼんやりとした性格だから、出会った相手にぼんやりとした印象しか持たれないのだ。
だからお姉様のドレスを着ても、お姉様より綺麗に見えるはずがない。
「あなたは本当に良い子ねぇ~! ビオレータ~」
お母様はニコッ! と満面の笑みを浮かべてスミレの香水をプシュッ! プシュッ! と容赦なく私にふりかける。
香水に刺激された私の鼻がムズムズして、クシュン! ……とくしゃみがでた。




