13話 その後
数ヶ月後。
マグノリアお姉様とクロード様の婚姻無効が成立したと、王都の貴族籍を管理する機関から証明書類が届いた。
ソールズ伯爵家とデントン家は大急ぎで私とクロード様の婚約をまとめるために、新たに婚前契約書を作っている。
ソールズ伯爵邸の執務机につき、手紙を書いていたクロード様が私を見あげた。
領地の運営やその他にも伯爵家が関わっている事業の仕事で、忙しいクロード様の時間を少しでも無駄にしないために私のほうから会いに来るようにしているのだ。
「それでマグノリアは元気そう?」
「それが……」
「んん?」
「いまだにお姉様は私に怒っていて、いくら手紙を送っても返事が来ないんです。怒るのも当然だから仕方ないのですが……」
クロード様は私と話をしながら手際よく手を動かし、少しクセのある力強い筆跡で書き上げた手紙の最後にサインをした。
手紙を入れた封筒に溶かした赤い蝋をたらし、ソールズ伯爵家の紋章印を押して封蝋をすると、机の端においてあった銀の皿に封をした手紙を置く。
椅子から腰をあげるとクロード様は執務机の前に立っていた私の隣に来て、執務机に形の良いお尻をのせた。
紳士淑女の目で見たらお行儀の悪い態度だけど。私としてはクロード様がそんな飾らない姿を見せてくれるのが嬉しくて、密かにときめいている。
以前は引かれていた私とクロード様の間にあった境界線が、今ではほとんどなくなっている証拠だ。
「まぁマグノリアの性格なら、そういう反応をするだろうね」
「はい。でも…… お母様に届いた神官様からの手紙では、あちらに上手く馴染んでいると聞いてます」
「それは良かった」
クロード様が私に求婚した後、マグノリアお姉様は病気の療養を理由に西部にある神殿へ行くことになった。
私の顔を見るたびに怒鳴り散らすお姉様に、ほとほと困り果てた両親が、礼儀作法を一から教育し直そうと考えてのことだ。
そこは規律が厳しく、どんな反抗的な令嬢でも一ヶ月で大人しくなるらしい。代わりに娘を送る側は多額の寄付金を払わなければいけないけれど。
「あの… それでクロード様のほうは?」
「僕のほう?」
「はい。昨夜はカルミントン子爵家の夜会へ参加されたのでしょう? 醜聞は出ていましたか?」
「ああ…… まぁ予想通りかな」
クロード様の話では、お姉様の評判は元々あまり良くなかったため、『小さいうちに婚約させたのは間違いだった』とクロード様に同情する貴族たちが多いとのことだ。
現在のデントン家はお姉様が原因で、ソールズ伯爵家との縁談がつぶれたため、社交界から締め出されてしまい、夜会の招待状がほとんど届かない状態だった。
裕福なソールズ伯爵家に睨まれたくないと考える貴族が、それだけ多いということだろう。
「もう少しだけ我慢だよ、ビオレータ。僕たちの婚前契約がまとまって婚約式ををあげたら、次の社交シーズンにはまたデントン家にも夜会の招待状が届くはずだから」
「はい。正直に言うと、私はあまり辛くはないです。けれどお母様がかわいそうで」
「ああ。デントン夫人は社交が好きだからなぁ……」
「ええ」
隣に立つ私の手を取り、クロード様はキスをして笑う。何度もされていることなのに、私の頬は熱くなった。
そんな私を見てクロード様は満足そうに目を細めた。
「だが僕としてはヒヤヒヤと緊張しないで夜会を楽しめるなら、早く君と行ってみたい気がするけどね」
「そうなのですか?」
「うん」
(んん? クロード様が言うヒヤヒヤとは……?)
私が首を傾げると。
「過去にマグノリアをエスコートした舞踏会で、どこかの令嬢とマグノリアがケンカ騒ぎを起こしてね」
「ああ! その頃の私はまだ社交デビュー前だったので、詳しい内容はわからないけど」
「うん。たぶん… 君が考えていることだと思うよ」
クロード様は気まずそうに私から視線を外して斜め上を見た。
「原因は相手の令嬢が、クロード様を誘惑したのが原因だとお姉様が言っていたわ」
「まぁ… そうだね」
それ以来、夜会でお姉様をエスコートするクロード様は、つねに緊張を強いられていたのだとか。
確かに私なら、社交中に誰かとケンカをするほど、大胆な性格ではないから… その点ではクロード様を安心させられるけど。
私の方が夜会でヒヤヒヤとさせられそうな気がする。
何と言ってもソールズ伯爵のクロード様は、家柄も容姿も良く。とても有能で誰が見ても魅力的な人だから。




