12話 求婚
私たちは誰にも邪魔されず二人っきりで話をするため、裏口から庭へ出た。
「ちょうどスミレの花が見ごろなんです。よろしかったらそちらでお話をしませんか?」
天気が良い日はスミレの花を見に行くのが、私の日課だったから。
クロード様と話をしながら庭の小道をゆっくりと歩いた。
「確か…… 君が種から育てた花だね?」
「何年も前の話なのに、クロード様はおぼえていたのですか?」
驚いて思わず聞き返すと──
「うん。ずっと前だけどマグノリアがそんな話をして、僕にも見せてくれたから」
「ああ……」
お姉様はもっと鮮やかな色の花が良いと、少し地味なスミレをバカにしていた。その話をクロード様は聞いたのだろう。
「種から花を育てるなんて…… 君は礼儀作法だけでなく、そっちの方面にも通じているのかと感心したんだよ」
「でも種から育てたのは最初のころだけです。今では毎年こぼれた種から勝手に芽が出て、私が育てなくてもどんどん株が増えているんです」
「そうか。スミレは強い花なんだね?」
「はい。私の名前と同じ花なので、とても誇らしいです」
※スミレ→ビオラ(ラテン語)
「ふふふっ…… 紫色の可愛い姿も君に似ているから。君を例えるのにピッタリの花だね」
「まぁ!」
(嬉しい! クロード様にかわいいと言われてしまった! スミレの花がもっと好きになりそうだわ)
「伯爵邸の庭にも庭師に言って、スミレの花をたくさん植えさせよう」
「それなら私が育てても良いですか? もうすぐこの庭に咲いているスミレから種が取れるので」
「おや? 嫁入り道具にスミレの種も持ってくるんだね?」
クロード様がニコリと笑う。
「……」
(私ったら、ずうずうしいことを言ってしまったわ)
ポッ…… と頬が熱くなった。
裕福なソールズ伯爵家の庭園とは比べようもないほど、デントン邸の庭は小さいけれど。
お母様と一緒に作りあげた自慢の庭にある、大きな木の根元にスミレの花でできた紫色の絨毯が広がっている。
「おおっと。久しぶりに見たけど、これはすごいね!」
「はい」
私はスミレを褒められ、自慢げにうなずいた。
クロード様は爵位を継いでから忙しくなりデントン邸の庭を散歩するヒマもなく、領地の運営に力を入れていたから。こうして庭の端まで来るのは久しぶりなのだ。
お姉様もクロード様と会う時はデントン邸の庭を見るより、流行を追いかけ町でデートをするほうを好んでいたから。
しばらく二人でお互いの近況の話をした。
子供の頃はお姉様と一緒に、クロード様に遊んでもらっていたけれど。
さすがに年頃になると婚約者のお姉様を配慮して、私は邪魔をしないようにと一緒にいることをひかえていたから。
こんなふうにクロード様と二人っきりで話をするのは久しぶりで、私の心は不謹慎にもウキウキと高揚していた。
「ふふっ……」
(成りゆきとはいえ、私はお姉様からクロード様を奪ったのだから。あまり喜んではいけないのに)
他愛もない話をいくつかした後、クロード様は私にたずねた。
「ビオレータは僕との結婚に不満は無いか?」
「……え?」
「もしも君が、僕との結婚はしたくないと思うなら…… やめるなら今が最後の機会だよ?」
「……それは」
(私はクロード様が好きだから、結婚を拒むつもりはないわ)
でも……
「君の純潔を奪っておいて、今さらこんな話をするのは卑怯だけど。マグノリアのように不満を積み重ねるようなことには、なって欲しくないから…… 無理をして気持ちを隠さないでほしい」
私が不満を爆発させる前に、クロード様は話し合いで解決したいのだ。
それなら私もクロード様に聞きたいことがある。
「クロード様こそ、ご自分の気持ちは? マグノリアお姉様を愛しているのでしょう? それなのに私と結婚することになって、不満ではありませんか?」
私が勝手に純潔をささげてしまったし。これは家同士の政略結婚だから、クロード様が避けられないのはわかる。
「僕がマグノリアを『愛している』か? そうだね。確かに子供の頃に婚約して以来、僕なりに彼女を愛してきたよ。でも君が言っている愛とは恋愛感情のことだろう?」
「はい」
神殿で誓いの言葉を交わした時のクロード様は、飾らない素の姿を見せてくれた。私が何年も見ていない姿だったから。
「白状すると婚約者の義務のような愛だから。恋愛とは違う」
「婚約者の義務?」
「うん。なんて言うか…… ああ──…… マグノリアは従兄の息子のウイリアムに、そっくりだからね…」
従兄の息子ウイリアム君とは、今年5歳になった元気すぎて手のかかる男の子のことだ。
結婚式で私が祭壇まで進むさいにバージンロードを清めるための花びらをまく、フラワーボーイを任されていたけど。
ウイリアム君は入場した私の前で仁王立ちとなり、花びらが入った籠ごとバージンロードにぶん投げていた。かなりの暴れん坊だ。
「んんん…… ウイリアム君? それはどういう意味ですか?」
「あんなの危なくて目がはなせないだろう? 誰かが厳しく注意して見ていないとね」
「クロード様……」
(年頃の娘(お姉様)を5歳の男の子と同じように、扱っていたということなの?)
愛する人にそんなことをされたら、辛いかもしれない。
ほんの少しだけお姉様に同情したけど。両親の前でクロード様が言ったようにそういう問題は、お姉様が伯爵夫人の義務をはたしてから話し合いで解決するべきだったのだ。
結婚式の直前に逃げ出したりしないで。
それに癇癪を爆発させて、泣きわめいていたお姉様の姿を思い出すと。クロード様が5歳の少年と同じ扱いをしたのもうなずける。
「彼女の面倒を見る役目を破棄できて、僕は肩の荷が下りた気分だよ」
「ああ……」
(クロード様はお姉様のことを、そんなふうに思っていたのね?)
お姉様のような相手でも、ソールズ伯爵家側から提案した婚約だったから。たぶんクロード様は婚約を解消したくても、出来なかったのだ。
「ビオレータ。他に疑問はあるかな?」
「いいえ、ありません」
「それなら……」
クロード様は庭の小道で片膝をつき私の手を取った。
「あっ!」
(これはもしかして……っ!)
緊張した面持ちでクロード様は私を見あげる。
「ビオレータ嬢、僕の妻になって下さい」
「あ……っ… はい!」
私が迷わずクロード様の求婚を受け入れると、クロード様は苦笑した。
「本当に良いの? そんなに簡単に僕の求婚を承諾してしまって」
「はい。嬉しいです、クロード様」
「嬉しい? こんな状況だけど…… 本当に? 僕に配慮して無理をしてないか?」
クロード様の視線が鋭くなり、私の気持ちを探っている。
「いいえ」
「本当に?」
「本当に嬉しいです。子供の頃から大好きな、クロード様の妻になれるのだから」
「ありがとう、ビオレータ。僕も嬉しいよ」
私の言葉にホッ…… とクロード様は頬をゆるめた。
「今は手元に求婚の花束はないけど。一生を通して、このスミレのような君が好きな花を贈るよ。だから君がどんな花が好きかを教えて欲しい」
「はい」
(嬉しい!)
「もちろん、好きな花のことだけでなく。これから君のことをたくさん教えてほしい」
「私もクロード様のことを教えてください」
クロード様は私の手にキスをして立ちあがると、私の唇にも軽くキスをした。




