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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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第3話 面倒な人

市場の朝は、少しだけ遠かった。

音はいつもと同じだ。氷の砕ける音、木箱を滑らせる音、短く値段を言い合う声。

だが、レインの足取りが入ると、わずかに間が空く。

目を逸らす者はいない。むしろ逆だ。

見てから、視線を戻す。

「来たな」

青果商が言う。いつもの調子だが、声の奥が固い。

レインは箱の前に立つ。

今日の葉は張りがある。根も悪くない。

だが、箱の積み方が変わっている。

「これ、別口に回す」

青果商が言う。

レインは顔を上げる。

「いつもは先に声をかける」

「今日は違う」

短い言葉。

「悪いな」

青果商は続ける。

「今、うちも難しいんだ」

難しい。

最近聞く言葉だ。

「チェーンの話、広がってる」

青果商は視線を逸らさない。

「お前がそっち行くなら、うちはどうなる」

問いは単純だ。レインは答えない。

青果商は箱を軽く叩く。

「うちの荷は、面倒なんだろ」

その言葉に、厨房の匂いが混ざる。

面倒。

レインの線は、市場にとって面倒だ。

「面倒だから、見てる」

レインは言う。

青果商は鼻で笑う。

「全国でそれやられたら、みんな面倒だ」

遠くで、別の店の料理人が笑い混じりに言う声が聞こえる。

「あの人、また線引いてんの?」

「面倒くさいよな」

軽い声だ。だが、確実に距離ができている。

レインは箱を持ち上げない。

今日は買える素材だ。だが、声が先に届く。

「講習会、やるんだって?」

別の仲卸が言う。

「全国回るらしいな」

噂は、確定のように扱われる。

「まだ決めていません」

レインは答える。

「決める気あるんだろ」

「分かりません」

仲卸は肩をすくめる。

「広がるなら、うちの荷も増えるかもな」

笑っている。だが目は計算している。

市場は正直だ。損得で動く。

レインの線は、損得の計算を遅らせる。

「最近さ」

青果商が小さく言う。

「他の店、削りすぎて戻ってきてる」

見切り箱が増えている。

削ることが目的になり、結局、戻る。

「お前のせいとは言わん」

青果商は続ける。

「でも、流れはある」

流れ。広がる線は、市場の流れも変える。

レインはようやく箱を一つ手に取る。

「今日は、これだけ」

量は少ない。

青果商が眉を上げる。

「減らさないんじゃなかったか」

「守れる分だけ」

青果商は黙る。

守れる分。その言葉は、市場では珍しい。

市場を出ると、北通りの料理人が立っている。

「うち、仕入れ断られました」

小さな声。

「削りすぎたって」

レインは立ち止まる。

「お前の線、広がると、削る奴が増える」

男は笑う。

「面倒だよな」

その言葉は、青果商と同じだ。

面倒。

レインは初めて、

自分の立ち位置を自覚する。

広げれば、市場の速度が落ちる。

落ちれば、不満が出る。

宿に戻ると、若い料理人が言う。

「市場、冷たくないですか」

「そう見えますか」

「少し」

厨房の熱気が、逆に孤立を際立たせる。

「行くんですか」

料理人が聞く。

「全国」

レインは答えない。

もし行けば、市場はさらに距離を置く。

もし断れば、市場は戻るかもしれない。

だが、断れば広がる流れは止まらない。

火に立てば、全部自分の範囲だ。

だが今は、範囲が広がりすぎている。

夜、食堂に戻る。

封筒を開き、契約書をもう一度読む。

数字は変わらない。だが、市場の目が変わった。

断るとは、利益を失うことではない。居場所を選ぶことだ。

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