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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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【第9部】断る仕事編 第1話 広がる線

宿の事務室に置かれた封筒は、今までのどの資料よりも分厚かった。

紙質が違う。重みが違う。置かれたときの音まで違う。

経営側の男は、その封筒を開かずに言った。

「正式な提案です」

レインは封を切らないまま、窓の外を見た。

市場の屋根が遠くに並んでいる。

あの屋根の下で引いた線が、ここまで届いた。

「全国展開を考えています」

男は続ける。

「あなたの名前は出しません。ですが、“監修”として入っていただきたい」

監修。

火に立たない。厨房にも立たない。

だが、名前は通る。

「ロス削減モデルの統一」

「判断のマニュアル化」

「研修制度の構築」

言葉が、整然と並ぶ。

レインは封筒を開けた。

契約条件。報酬。

数字が現実味を帯びている。

いまの収入の、三倍。

市場で小さく積み重ねた信頼よりも、ずっと分かりやすい価値。

「広がれば、救われる素材も増えます」

経営側の男は言う。

その言葉は嘘ではない。

救われる素材。救われる現場。

だが、救われないものも増える。

「現場は、見られますか」

レインは短く聞いた。

「主要店舗のみです」

「全部は?」

「難しいでしょう」

難しい。

その言葉の先に、切り捨てられる判断がある。

「基準は、統一します」

男は続ける。

「線を明確にする」

線を、明確に。レインの指先が、封筒の端を押さえる。

線は明確にすると、命令になる。

命令は、守れない場所で破られる。

「悪い話ではありません」

男の声は柔らかい。圧力ではない。期待だ。

「あなたの思想を、広げる機会です」

思想。広げる。

その言葉が、静かに重い。

市場に戻ると、青果商が珍しく真面目な顔で言った。

「なんか、でかい話来てるんだってな」

噂は速い。

「広がるらしいな」

レインは箱を一つ持ち上げる。今日は良い素材だ。

だが、少しだけ乾きが早い。

「広がると、どうなると思う」

レインが聞くと、青果商は肩をすくめた。

「売れるなら、悪くない」

少し間を置いて続ける。

「でもな、あんたの線、面倒なんだよ」

その言葉は、責めではない。正直だ。

「全国でやったら、みんな面倒になる」

面倒。

それは、この仕事の核心だ。

宿に戻る途中、北通りの料理人が追いついてきた。

「本当ですか」

息が少し荒い。

「チェーンの話」

レインは否定も肯定もしない。

「行くんですか」

問いの裏に、わずかな寂しさがある。

「分かりません」

それは本音だった。

「行ったら、俺ら、置いてかれますね」

笑いながら言う。だが目は笑っていない。

レインは立ち止まる。

「線は、場所で引きます」

「でも、人は場所に残る」

男は小さく言う。

夜、食堂に戻る。火は入れない。

封筒を机に置く。

開いたままの契約書が、静かに広がっている。

広げることは、悪くない。

救われる素材もある。助かる現場もある。

だが、守れない線が増える。

火に立てば、全部、自分で決められる。

だが今は、決めるだけで終わらない。

封筒を閉じる。

まだ、断らない。だが、受けてもいない。

線は、広げるものか。守るものか。

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