第四話 材料が味を決めている
食堂の扉が開いたのは、久しぶりに「朝のままの匂い」が残る時間だった。
昨日閉めたままだった厨房は、冷えた金属の匂いを抱えている。
レインは窓を開け、風を通し、まな板を出した。
火を入れる前に、今日の皿はほとんど終わっている。
終わっているからこそ、火は控えめでいい。
昨日仕入れた、見切りの素材。
水に触れさせ、呼吸を確かめ、触れすぎないように扱ってきた。
水分量が多い。皮の中に湿りが残っている。
だから、強火は使わない。
強火は、湿りを一気に追い出す。追い出した湿りは戻らない。
戻らないなら、最初から追い出さない。
鍋を置く。火をつける。
炎は細く、音が小さい。
油も香りを立てるほど熱しない。
香りを立てるのは、素材の残り時間を短くするからだ。今日は短くしてはいけない。今日は「終わらせる」日だが、急がせる日ではない。
塩も控える。
理由は味ではなく、素材の疲れだ。
塩は締める。締めると、疲れた素材は硬くなる。硬くなると、噛んだときに「欠点」が前に出る。
欠点を隠すために塩を使うのは、料理ではない。
欠点が欠点のまま終われるように、手を入れる。
客は昼の少ない時間帯に一人来た。
派手な料理を期待していない顔。
この食堂の良さを知っている顔。
レインは最低限の動きで皿を出した。
客は最初の一口で眉を動かし、次に肩の力を抜いた。
「……ちょうどいいな」
褒め言葉としては弱い。
だが、この食堂では一番強い言葉だった。
ちょうどいい――それは、余計なことをしていないという意味だ。
素材に無理をさせていないという意味だ。
そして、今日という期限に間に合ったという意味だ。
客が去った後、厨房に静けさが戻る。
レインは片付けを終え、台の端に残った「使わなかった素材」を見つめた。
見切り箱から拾ったものの中に、どうしても今日の皿に入らなかったものがある。
入れれば皿は増やせた。売上も増やせた。
だが入れると、素材の終わり方が壊れる。
レインは、その残りを見つめたまま動かなかった。
火を入れる前に終わっている仕事は、火を入れた後にも終わっていないことがある。




