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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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第五話 解釈されて、残るもの(第五部・完)

その日の夕方、店の前に人は集まらなかった。

先日の出来事が尾を引いている。

一日二皿を出した日。

誰も大きな声では語らないが、判断は割れていた。

「やっぱり違う」

「でも、間違いとも言えない」

噂は、断定にならないまま村を回る。

それが、かえってこの店らしかった。

男は、鍋に火を入れず、店の前を掃いていた。

ほうきの音が、やけに大きく響く。

「今日は、出さないんですか」

通りすがりの女が聞く。

「ええ」

「理由は?」

男は少し考えてから答えた。

「昨日、考えすぎたので」

女は笑い、それ以上何も聞かずに去った。

レインは、少し離れた場所からその様子を見ていた。

今日は、客としてではない。

「閉めるんですか」

近づいて声をかけると、男は首を振った。

「閉めません」

「ただ、今日は作らない」

ここでは別の重さを持っていた。

店の中に入り、二人は向かい合って腰を下ろす。

鍋は冷たい。

だが、空気は張りつめていない。

「昨日のこと、どう思われましたか」

男が、先に切り出した。

レインは即答しなかった。

指で机をなぞり、言葉を探す。

「正解ではないですね」

男は頷く。

「はい」

「でも、失敗とも言い切れない」

「……それが一番、困る答えです」

苦笑だった。

「壊したと思いました」

男は続ける。

「一日一皿を、自分の都合で」

「でも、守っていたら、二人とも倒れていた」

「その可能性は、否定できません」

レインは、静かに言った。

沈黙が落ちる。

それは、答えを待つ沈黙ではない。

「教えてほしいんです」

男が言った。

「正しい継ぎ方を」

その言葉に、

レインは首を横に振った。

「ありません」

男は、少し肩を落とす。

「ですよね」

「継ぐという言葉が、もう少し重く見えただけです」

レインは、そこで初めてはっきり言葉にした。

「私の一日一皿は、あなたの店で完成しません」

「そして、あなたの一日一皿も、私の店では完成しない」

男は顔を上げる。

「じゃあ、何が残るんですか」

レインは、少しだけ考えてから答えた。

「問いです」

「誰に出すか」

「出さないとき、どうするか」

「壊れるかもしれないとき、それでも出すか」

「それを、毎日考える仕事」

男は、ゆっくり息を吐いた。

「……それなら」

「昨日は、仕事をしました」

その言葉に、レインは否定しなかった。

夜、店の前に一人の客が現れた。

選ばれるつもりも、選ばれない覚悟もある顔だ。

男は、その客を見てから言う。

「今日は、一皿です」

料理は、派手ではない。

だが、昨日より落ち着いている。

客は食べ終え、

小さく笑った。

「今日は、これでいい」

その声には、期待も依存もなかった。

客が去ったあと、男はレインを見る。

「今日は、破らなくてよかった」

「ええ」

「でも、また破る日が来ます」

「でしょうね」

二人は、同時に少し笑った。

レインが立ち上がる。

「ここから先は、あなたの店です」

「見に来ても?」

「来てください」

「口は出しません」

「それが、一番怖いですね」

夜風が、店の中を抜ける。

鍋は冷え、火の匂いだけが残る。

一日一皿は、もう一つではない。

だが、散らばってもいない。

解釈され、揺れ、ときに壊れながら、

それでも続く。

それが、継がれるということだった。

レインは歩き出す。

振り返らずに、最後に言った。

「正解にしないでください」

男は、はっきりと答えた。

「はい」

その返事だけで、十分だった。

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― 新着の感想 ―
最終話は、「継ぐことの本質」を静かに描き出していますね。技術や正解ではなく、問いを受け継ぎ、考え続ける姿勢が価値として残ることが強く印象に残ります。形は変わっても、日々の選択や責任が連鎖していく――そ…
「完成しない」という結論が、最も誠実な終わり方。 一日一皿は思想となり、誰かの中で生き続ける。
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