第二話 弟子にならない理由
翌日、レインは昼前に再びその店を訪れた。
昨日と同じように、鍋は弱火にかけられ、
男は忙しそうでもなく、かといって手を止めているわけでもない。
「今日は、三人ですか」
声をかけると、男は鍋から目を離さずに頷いた。
「ええ」
「でも、一人は様子見です」
様子見。
その言葉が、妙に具体的だった。
店の前には三人。
一人は昨日も来ていた若者、もう一人は子連れの女、
そして、壁際に立つ痩せた男。
痩せた男は、他の二人と目を合わせようとしない。
「決めましたか」レインが訊くと、
男は首を振る。
「まだです」
「遅いと、文句は出ませんか」
「出ます」
男は、少しだけ口角を上げた。
「でも、それでもいい人だけ残ります」
やがて料理ができあがる。
選ばれたのは、子連れの女だった。
理由は語られない。
ただ、子どもの顔色を見て、
器が差し出される。
痩せた男は、何も言わずに立ち去った。
若者は残り、温い湯を飲みながら言う。
「今日は、あの人だったか」
悔しさより、納得に近い声だ。
客が引いたあと、レインは男に言った。
「不満は出ないんですか」
「出ますよ」
「でも、昨日よりは出ません」
「なぜ?」
男は、少し考えてから答えた。
「昨日、断ったからです」
「断る?」
「一日一皿を理由に、無理な頼みを」
レインは、眉をわずかに動かした。
「それは、使い方として正しいですか」
男は即答しない。
「分かりません」
「でも、断る理由がない人は、断れないんです」
その言葉に、レインは黙った。
午後、
帳簿係が様子を見に来る。
「……教えないのか」
「ええ」
「惜しくないか」
「惜しくないです」
帳簿係は腕を組む。
「弟子にすれば、楽になる」
「楽になると、違うものになります」
レインはそう答えた。
「弟子は、正解を探します」
「でも、一日一皿は、正解がない仕事です」
男が、静かに頷く。
「失敗していいんです」
「自分の判断で」
「それがないと、意味がありません」
帳簿係は、溜息をついた。
「面倒な料理人だな」
「はい」
レインは、否定しなかった。
夕方、
男がぽつりと言う。
「教わらないと、不安じゃないですか」
「不安ですよ」
「それでも?」
「それでも、自分で決めたい」
レインは、それ以上何も言わなかった。
鍋の火を、ほんの少しだけ弱める。
それが、この日唯一の助言だった。
帰り際、男が背中越しに言う。
「あなたの料理は、真似しません」
「解釈します」
レインは、足を止める。
振り返らずに答えた。
「……それでいい」
店を離れながら、レインは思う。
教えないという選択は、突き放すことではない。
奪わないことだ。
選ぶ権利も、迷う時間も。
一日一皿は、誰かの手で、
少しずつ別の形になろうとしていた。




