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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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【第五部】継がれる料理編 第一話 料理人ではない人

その店は、店と呼ぶには少し心許なかった。

通りから一本外れた空き地に、

古い倉庫を改修しただけの建物。

看板もなく、戸口に掛けられているのは布切れ一枚だ。

それでも、昼前になると人が集まる。

理由は単純だった。

待たせ方が、妙にうまい。

「今日は、まだです」

「でも、ここに座っていれば大丈夫ですよ」

そう言って椅子を差し出す男は、

料理人の顔をしていなかった。

手は大きく、指の節が太い。

包丁より、荷物を持つ方が似合う体つきだ。

レインは通りの影から、その様子を眺めていた。

鍋の火は弱い。

弱すぎるほどだ。

中の具材は、煮えているというより、

湯の中で考え事をしているようだった。

(あれでは、時間がかかる)

だが、誰も急かさない。

「今日は誰?」

「まだ分かりません」

男はそう答え、何度も鍋を覗き、時折、客の顔を見る。

味ではなく、顔を見ている。

それに気づいたとき、レインは一歩、店に近づいていた。

「……昼、間に合いますか」

声をかけると、

男は少し驚いた顔をしてから、ゆっくり頷いた。

「ええ、多分」

「多分?」

「お腹の減り方を見てから決めます」

曖昧な答えだ。

だが、不思議と腹は立たない。

鍋から、素朴な匂いが立つ。

香草は控えめで、油も少ない。

料理が完成すると、男は器を一つだけ出した。

待っていた三人のうち、選ばれたのは、

一番奥で静かにしていた老人だった。

「今日は、こちらです」

理由は語られない。

だが、誰も異を唱えない。

選ばれなかった者には、温い湯と、少しのパンが出される。

「また、明日どうぞ」

その言い方が、

追い返す声ではなかった。

老人は料理を口に運び、ゆっくり噛んだ。

「……うまい、とは言えん」

男は笑った。

「そうですね」

「だが、今日はこれでいい」

その一言で、場がほどける。

客が引いたあと、レインは声をかけた。

「弟子を取るつもりは?」

男は、きっぱり首を振った。

「なりません」

「理由は?」

「正解をもらったら、違うものになる」

その答えに、レインは少し目を細めた。

「料理は、好きですか」

「分かりません」

「でも、待つのは、得意です」

男は言う。

「待たされる側だったので」

それ以上は語らない。

レインは鍋を覗き、

一つだけ助言した。

「火は、もう少し弱くてもいい」

男は素直に頷いた。

「ありがとうございます」

それだけだ。

レシピも、選び方も、一切聞かれない。

帰り際、男が言った。

「弟子にしてください、とは言いません」

「ただ、見ていてください」

レインは、否定も肯定もしなかった。

店を離れながら、

胸の奥が、わずかに揺れる。

技術は、足りない。

味も、安定しない。

それでも――

確かに、一日一皿がそこにあった。

それは、自分以外の手で、

初めて形になったものだった。

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― 新着の感想 ―
レイン以外の手で「一日一皿」が再現される場面が印象的です。料理人ではない男が、味や技術よりも「待つこと」に重点を置き、客の様子を見ながら提供する姿が描かれ、理想が形だけでなく精神の部分まで受け継がれる…
この物語は、料理を通して「優しさとは何か」「選ぶとはどういう責任か」を、最後まで一切の安易さなく描き切った作品だと感じました。 一日一皿という制限は、単なる設定ではなく、善意が期待に変わり、やがて重荷…
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