第四話 閉めた間に、広がる料理
食堂を閉めて三日目の昼、
レインは村の通りで足を止めた。
見慣れない匂いがした。
油の重い匂いに、強い香草。
鼻を刺すほどではないが、
どこか主張が多い。
音のする方へ行くと、
家の前で鍋を火にかけている男がいた。
村人が数人、器を手に並んでいる。
「……何をしているんですか」
声をかけると、男は顔を上げ、
少し照れたように笑った。
「見よう見まねですよ」
「レインさんの料理」
鍋の中を覗く。
刻まれた野菜は大きさが揃っていない。
火は強く、
油が跳ね、
具材の表面だけが先に色づいている。
塩の量も、多い。
味がぼやける前に、
強さで押し切ろうとしている。
「今日は店が閉まってるから」
「代わりになるかと思って」
善意だった。
疑いようのない、善意。
男が一口、味見をする。
「……どうだろう」
周囲の誰かが器を受け取り、
首を傾げながら言う。
「悪くはないな」
「腹は満たされる」
別の者が笑う。
「でも、レインのとは違う」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
違う理由は、はっきりしている。
火を弱めるタイミングが遅い。
香草を入れる順番も逆だ。
何より、
食べる人の顔を見ていない。
味は、作り手の都合で完成している。
それを指摘することもできた。
だが、レインは何も言わなかった。
止める理由が見つからない。
責める理由もない。
作らなくても、
料理は歩き出す。
夕方になると、
似たような光景が村のあちこちで見られた。
誰かが再現し、
誰かが「それっぽい」と言う。
「一日一皿、再現してみた」
そんな言葉まで聞こえてくる。
再現。
だが、
再現されているのは形だけだ。
その夜、
帳簿係が言った。
「広がるのは、止められないな」
「……そうですね」
「悪いことじゃない」
「でも、あんたがいないところであんたの名前が使われる」
その言葉に、
レインは頷いた。
翌日、
子どもたちが真似をしているのを見た。
石を鍋に見立て、
草を刻み、
火加減を真似る。
「今日は誰が選ばれる?」
冗談めかした声。
それは、
町の模倣店と同じ言葉だった。
レインは視線を落とす。
料理そのものではない。
伝わっているのは、
外側の形と、言葉だけだ。
夜、
レインは一人、食堂に戻った。
火を入れていない鍋に触れる。
冷たい。
だが、
その底には、
これまで積み重ねた感触が残っている。
作っていないのに、
料理の影は増えている。
「……難しいな」
呟きは、誰にも届かない。
作らないという選択は、
静かになることではなかった。
むしろ、
制御できない動きを生む。
戸を閉める前、
通りから聞こえた声があった。
「本物は、またそのうち食べられるさ」
その言葉が、
期待なのか、依存なのか、
レインにはまだ分からなかった。




