第三話 断られる側の論理
依頼人は、夕方に来た。
帳簿係が連れてきた男で、年は若く、顔色が悪い。
「どうしても、今日お願いしたい」
言葉は丁寧で、声も荒れていない。
事情を聞くまでもなく、急ぎだと分かった。
男の家には病人がいる。
食が細く、ほとんど口にできない。
これまでに何度も、レインの料理に助けられてきた。
条件は揃っていた。
正当で、切実で、誰もが納得する理由だ。
それでもレインは、首を横に振った。
「今日は、作りません」
一瞬、空気が止まる。
「……それは、どういう」
男は言葉を探している。
怒りではなく、困惑だ。
「閉めている日です」
「でも、事情は――」
「分かっています」
レインは遮らず、最後まで聞いた。
それでも答えは変えなかった。
男の視線が、揺れる。
「あなたは、そういう人じゃなかった」
その言葉は、責めでも非難でもない。
期待が裏切られたときの、率直な感想だった。
「今までは、どんな時でも作ってくれた」
レインは否定しなかった。
それは事実だ。
「だから、今日もそうだと思った」
沈黙が落ちる。
男は拳を握り、ほどき、
最後に深く頭を下げた。
「……分かりました」
背中は、怒っていない。
だが、納得もしていない。
その夜、レインは眠れなかった。
断った判断が、何度も頭をよぎる。
(冷たかっただろうか)
作らないと決めたのは、自分だ。
だが、その決断が誰かを追い詰めた可能性は否定できない。
翌朝、帳簿係が静かに報せてきた。
「昨日の人な」
「無理に食べさせるのを、やめたそうだ」
レインは顔を上げた。
「代わりに、様子を見ることにしたらしい」
結果として、
病人は悪化しなかった。
むしろ、少し落ち着いたという。
それを聞いても、
胸の重さは消えなかった。
作らなかったから、救われた。
そう言い切るには、まだ早い。
だが、
作っていたらどうなっていたかも、分からない。
昼過ぎ、村で小さな声が立つ。
「冷たくなった」
「前は違った」
レインの耳にも、その評価は届いた。
断られる側には、論理がある。
正しさも、切実さも、期待もある。
それをすべて受け止めたうえで、
それでも作らないという選択は、
誰かの理解を前提にしていない。
夜、戸を閉めながら、レインは思う。
作らないという行為は、拒絶ではない。
だが、
受け入れられるとも限らない。
それでも選ぶしかない日が、料理人にもある。
その事実が、ゆっくりと村に染み始めていた。




