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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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【第四部】作らない日編__第一話 何も起きていない朝

朝は、いつもと同じだった。

空は晴れていて、風も穏やか。

村の通りを歩く足音も、いつもの数だ。

違っていたのは、食堂の前だけだった。

戸は閉じられ、

簡素な紙が一枚、釘で留められている。

本日は休みます。

理由はありません。

それを見上げた村人たちは、しばらく動かなかった。

「……何かあったのか?」

最初に声を出したのは、年配の男だった。

問いかけというより、確認に近い。

「病気じゃないか」

「いや、昨日は元気だったぞ」

「王都から呼ばれたって話は?」

言葉が重なり、

やがて憶測が形を持ちはじめる。

誰も怒ってはいない。

ただ、落ち着かない。

食堂が閉まっているという事実が、

思っていた以上に、村の朝に隙間を作っていた。


その頃、レインは店の奥で湯を沸かしていた。

料理を作らない朝でも、火を使わないわけではない。

湯気を見つめながら、

外の気配に耳を澄ます。

(説明しないと、こうなる)

分かってはいた。

だが、今日は話す気になれなかった。

理由は、本当にない。

疲れているわけでも、迷っているわけでもない。

ただ、

「今日は作らない」と決めただけだ。

昼近くになると、噂は少しずつ形を変え始める。

「もう辞めるつもりらしい」

「金の話で揉めたって聞いた」

「いや、王都に戻る準備だ」

どれも、それなりにもっともらしい。

理由がないという事実は、

人にとって扱いづらい。

だから、

理由は勝手に補われる。

帳簿係の男が、紙を抱えてやってきた。

「……閉めたのか」

「はい」

「理由は?」

「ありません」

男は、少し黙った。

「それが一番、困る」

責める口調ではない。

現実的な指摘だった。

「もうな、あんたの店は“あって当たり前”なんだ」

レインは答えなかった。

それは否定できない。

一日一皿は、

いつの間にか、誰かの一日を組み立てる前提になっていた。

「明日は?」

「分かりません」

男は溜息をついた。

「……噂が先に走るぞ」

「でしょうね」

それでも、

レインは戸を開けなかった。

夕方、

食堂の前を通る人は減ったが、視線は増えた。

閉じられた扉が、説明のない沈黙として立っている。

夜、

レインは灯りを落としながら思う。

何も起きていない。

本当に、何も。

だが――

何も起きていないからこそ、

この不安は生まれている。

作らないという選択は、

思っていた以上に、周囲を動かしていた。

それを知りながら、レインは明日も、

まだ決めていなかった。

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― 新着の感想 ―
レインが「作らない日」を選ぶことで、普段は当たり前と思われていた“一日一皿”の存在感と責任の重さが浮き彫りになり、静かな緊張感が印象的に描かれています。
この物語は、料理を通して「優しさとは何か」「選ぶとはどういう責任か」を、最後まで一切の安易さなく描き切った作品だと感じました。 一日一皿という制限は、単なる設定ではなく、善意が期待に変わり、やがて重荷…
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