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追放された宮廷料理人ですが、辺境で一日一皿だけ作って生きます  作者: 百花繚乱


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第三話 選ばれなかった人の声

噂は、音もなく形を変える。

「一日一皿の料理人」

「病人を優先する店」

「選ばれなければ、何も出ない」

誰も嘘は言っていない。

だが、真実でもなかった。

昼前、食堂の前に並ぶ人数が増えすぎた。

村人だけではない。

近隣の集落、街道を行く商人、

噂を聞きつけた旅人。

その列の中に、病を抱えた客はいなかった。

代わりに、見慣れない男が立っていた。

身なりは地味だが、靴だけが異様に新しい。

歩き方に迷いがない。

(王都の人間だ)

レインは、直感でそう思った。

「今日は、私の番でしょうか」

男は、穏やかな声で言った。

問いではなく、確認に近い。

「今日は……まだ決めていません」

「では、待ちます」

男は列を乱さず、だが一歩も引かなかった。

昼を回り、村人の視線が焦れ始める。

「いつまで待たせるんだ」

「今日は、誰なんだ」

男が、ふっと息を吐いた。

「……あなたは、選ばない自由を持っている」

レインは顔を上げた。

「宮廷では、料理人に“選ばない”という選択肢はありません」

男は続ける。

「全員に出す」

「数で評価する」

「取りこぼしは、仕組みの責任にする」

それは、あまりにも聞き慣れた言葉だった。

「戻れば、あなたはまた“正しい場所”に戻れます」

「正しい、ですか」

「はい。誰も恨まれない場所です」

その一言が、胸に刺さった。

そのとき、扉が開いた。

病を抱えた客が、ゆっくりと入ってくる。

今日は、顔色が悪い。

息も荒い。

列が、ざわつく。

「……また、あの人か」

「結局、そうなるんだろう」

病の客は、その視線に気づいていた。

席に着くと、レインを見ずに言った。

「今日は……私は、帰ったほうがいいですね」

レインは即座に答えなかった。

男が、静かに言う。

「あなたが遠慮すれば、全員が救われます」

病の客の指が、わずかに震えた。

「……私は、“数を減らす存在”なんですね」

レインは、はっきりと言った。

「違います」

「ですが、事実です」

客は目を伏せる。

「私が来ると、誰かが食べられない」

その言葉で、

列にいた誰も反論できなくなった。

レインは、包丁を取らなかった。

「あなたは、ここに来る権利があります」

「それは……」

「権利です」

レインは、男のほうを見る。

「王都では、選ばないことで責任を分散する」

「ええ」

「ですが、ここでは——」

レインは、病の客を見る。

「選ぶことで、誰が傷ついているかを見続ける必要がある」

沈黙。

病の客が、かすかに笑った。

「……残酷ですね」

「はい」

レインは否定しなかった。

「でも、私は“見えない傷”より、“見えている痛み”を選びます」

男は、しばらく考え込んでから言った。

「あなたは……宮廷に戻れなくなりますよ」

「かもしれません」

その日、レインは病の客を選んだ。

だが、料理を出す直前、

客が首を振った。

「今日は……少しだけ、休ませてください」

レインは、皿を下げた。

その選択が、誰を救ったのかは分からない。

だが、確かに——

何かが、次の段階へ進んだ日だった。

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― 新着の感想 ―
とても重くて印象に残る回でした。 噂が歪み、善意が数や効率の論理に飲み込まれていく過程が静かに描かれていて苦しかったです。 「選ばないことで責任を分散する」王都の論理と、 「選ぶことで傷を見続ける」…
善意が“インフラ”に変わる瞬間の怖さを、帳簿と数字で描くのが非常に現実的。 理想が仕事になるとき、何が削られるのかが明確になる。
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