extra carton4 おばさんのアサシン、オバサシン
「あたしって、入れ墨入ってると思うか?」
いつかの日曜日。
いつも通り、榊さんは僕の部屋で晩酌しながらそんなことを言い始めた。
急になんなんだ? この人。いや、いつも急だけど。
ボケだろうか? それとも普通に質問?
どんな答えを待っているのかと彼女を見つめるが、表情は真顔。
素直に僕の考えを伝えればいいのだろう。
「まあ、別に入れててもおかしくないかなとは思います」
榊さんなら特に深い意味も思いもなく、「なんか面白そうだったから」とかいう適当な理由で入れていそうだ。
「へぇー。入ってたら怖いか?」
「いや、怖くないですよ。僕はあんまりそこらへんに偏見ないタイプです。むしろ、榊さんに入ってたら似合いそうだと思います」
「ふーん」
僕の顔を正面から見据えながら、榊さんは自身の右腕をまくり始める。
ま、まさか本当に入れ墨が入っているのだろうか。
しかし現れたのは、色白の彼女の二の腕であった。
どこにも入れ墨は見当たらない。キレイな腕だ。
「まあ、入ってねぇけど」
入ってねぇのかよ。
「今の思わせぶりな動作はなんだったんです?」
「ただのミスリード」
「なんのためのだよ」
そんな適当なミスリードに、僕はまんまと騙されたわけだが。
しかし、どうしてこんな話を急に振ってきたのだろう。
「入れ墨、入れたいんですか?」
「まー、考えたことはあるし、ぶっちゃけ今も入れるかちょっと悩んではいる」
「おお。差し支えなければ、どこにどんなものを?」
「ん? 二の腕辺りに、こう……」
服をまくった右腕を僕に見せてくる榊さん。
「『おばさんのアサシン、オバサシン』って」
「絶対にやめておきましょう」
なんでこの人、自分の体にネタツイ彫ろうとしてるんだよ。
場所も、ネタツイのチョイスも謎すぎるし。
「えっと……。一応理由を聞いてもいいですか?」
「いやさ。しんどいとき、自分の体におばさんのアサシン、オバサシンって書いてあるのが目に入ったら全部どうでもよくなりそうだなって」
「確かになりそうですけど」
僕だったら何度でも爆笑できる自信がある。色々としょうもなさすぎて。
「まあ場所はいいとしても。もっとかわいいのとかかっこいいのにしないんですか?」
「例えばどんなんだよ」
「なんでしょう。オーソドックスに、アゲハ蝶とか?」
「あー」
榊さんは、ちらと自分の二の腕に視線をやる。実際にアゲハ蝶の入れ墨を彫ったときのことを想像しているのだろうか。
キモすぎて本当に申し訳ないのだが、僕も榊さんの二の腕に蝶が入った姿を想像してみた。
……。
うん。なんというか、魔性度とエロティック度がかなり上がってしまうな。普段はあまり見えない、二の腕という場所もいい。
それに、二の腕に蝶のタトゥーを彫っている人がしょうもないネタツイばっかりしてたら、ちょっと面白すぎるかもしれないな。
「ま、悪くねぇけど」
小さく言い、満足のいっていなさそうに唇を曲げる榊さん。
「でも、あたしが蝶のタトゥー入れてたら、さすがにTwitterだよなぁ……」
「ついにTwitterすぎるとも言わなくなっちゃった」
略すなよ、すぎるを。
「ネタツイの入れ墨彫るのはTwitterすぎないんですか?」
「だって、あんま見ないだろ? ネタツイ体に彫ってるやつ」
「まあ、いないでしょうね……」
榊さんは、わかりやすくTwitter民に受ける要素を嫌っているのかもしれない。
「まー。入れ墨は今はいいかなぁ」
缶ビールを口元に運びながら、榊さんはなにかを思いついたように眉を上げる。
「……いやでも。おばさんのアサシン、オバサシンという入れ墨をたもったまま、あたしがおばさんになったらかなり面白いな」
「それは確かに面白いですけど」
そんなくだらない発想で天啓が降りたみたいな顔しないでくれ。
「よし」
榊さんはローテーブルに空き缶を置き、露出した右腕で力こぶを作ってみせた。
「目指すか。アサシン」
「……」
着地点おかしいだろ。




