extra carton3(後編) バトル漫画とかでしか聞かなそうな命令きたな
春の陽を全身に浴びながら、僕と榊さんは近所を散歩していた。
暖かな風を体にまといながら、僕は透明人間に徹する。
榊さんも、できるだけ僕がいないもののように扱ってくれていた。
榊さんはいつも通り、気の抜けた表情でのそのそと歩いていた。
そうして彼女は、すいこまれるようにして最寄りのコンビニに入店した。昼飯の調達だろう。榊さんに倣い、僕もコンビニに身を滑りこませる。
榊さんは、チーズがたっぷり入ったブリトーとアメリカンドッグ、それから缶ビールを買っていた。……も、もうお酒を飲むのか。別にいいのだが。
あまりお腹の空いていなかった僕は、サンドイッチとパックのトマトジュースを購入。
榊さんのあとをつけるようにして、コンビニを退店した。
……なんだか、本当のストーカーみたいだな。少し自分が嫌になってしまった。
周りに誤解を与えないように、榊さんの傍からあまりはなれすぎない方がいいだろうか。
いや、透明人間設定の僕が至近距離にいるのは、榊さん視点ではかなりキモイかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は、榊さんとつかず離れずの距離をたもつのだった。
とくにあてもないのであろう榊さんは、足が向くままにふらふらと小道や裏路地を歩いていた。
彼女は時折、普通の人なら目にもとめないような物の前で足を止め、写真を撮ったりする。
子どもが地面に書いたと思しき謎の落書き。美しい蛾の死骸。人の気配のない古びた家屋。水たまりに映る、彼女のスカートの端。
その行為にどういった意味があるのか、僕にはわからない。
だが榊さんは、透明人間ではない通常の僕といるときにはこんな頻度で写真を撮ることはない。
つまりこれは、彼女が一人でいるとき特有の行動だということになるのだろうか。
榊さんの新しい一面を知れた気がして、僕は少しだけ得意げになる。透明人間になったかいがあったというものだ。
小道をしばらく歩くと、寂れた公園が目に入った。ベンチと滑り台だけのとても簡素な公園だ。
迷わずその公園に向かう榊さん。そして、ついていく僕。
榊さんは、白のペンキが剥げかけたベンチに腰をかけた。真ん中には座らず、右端の辺りに。これは、透明人間が座る分を空けてくれたと解釈してもいいのだろうか。
僕は、遠慮せずに彼女の隣に腰を落ち着けた。
公園の敷地の外には民家が連なり視界が悪く、特に景色がいいというわけではない。本当に、なんの変哲もないただの小さな公園である。
榊さんは、ビニール袋から缶ビールとアメリカンドッグを取り出した。ここで昼食タイムというわけか。
僕も便乗して、サンドイッチを開封。
風の音だけを聞きながら、僕たちは無言でご飯を食べた。
一緒にいるというのに、なにも会話がない食事というのは初めての経験だ。なんだかむず痒くなってくる。
榊さんの表情はいつもと変わらないように見える。空を眺めながら、ビールでアメリカンドッグを豪快に流しこむ。幸せそうだ。
しばらくすると、僕の視界をなにかが横切った。
のそのそと首を前後に動かしながらこちらを見るともなく近づいてくるそれは、鳩であった。
その鳩は、「別にお前らの食ってるものなんて興味ないが?」という顔をしながら僕らの周りを歩き続けている。
コミカルな動きがかわいらしく、ついエサをあげたくなってしまう。だが、野生の鳩にエサをあげてしまうと、糞害が起こったり、鳩が自分でエサを探さなくなってしまうのだと聞いたことがある。
榊さんは、アメリカンドッグの端の方をちぎり、ちねりながら鳩を見つめている。
エサをあげるつもりだろうか。
そんなことを思っていると。
「エサあげたら炎上すっかなぁ」
「それはどこで広がる予定の炎なんだよ」
透明人間なのに思わず声に出して突っ込んでしまった。まあ、いいか。透明人間だし。
確かに、榊さんが鳩にエサをやる場面を誰かに盗撮でもされたら炎上するのかもしれないが。一般人が人知れず鳩にエサをやったところで、炎はどこにもくべられない気がするのだが。
「いやさ、もしあたしが漫画のキャラだったら炎上すんのかなって思って。最近、厳しいじゃん? 色々」
この人の自認、たまに漫画のキャラになるのなんなんだ。
というか、僕が声を出したから普通に会話が始まってしまった。
榊さんは、ハッとした顔をしてこう付け足した。
「ああ。これは脳内の公太郎と話してるだけだから、大丈夫だぞ」
「はい?」
トン、と。自身の側頭部を人差し指で押す榊さん。
「あたしさ。一人でボケたとき、たまに脳内の公太郎が突っ込んでくれんだよな」
「ええ……」
この人の頭の中、イマジナリーの僕がいるのか?
榊さんは、鳩に向かって小さく手を振った。
「そういうわけで。悪いけど、またな。あたしは初めての炎上はネタツイじゃないと納得できないんだよ」
炎上するネタツイってなんなんだろうか……。
僕たちからはなにももらえないと悟ったのか、鳩は翼を広げてどこかへと飛び立っていった。
〇
その後も、榊さんは榊さんらしい休日を送っていた。
昼食を食べた後に喫煙所で一服をしたり。
コンビニで酒を買い足して飲みながら歩いたり。
ふらふらとパチスロ店に入り、お金を溶かしたり。……ちなみに、彼女の隣の席で千円だけ打った僕も負けてしまった。
〇
パチスロ店を出ると、すっかり日が傾き始めていた。
夕日を背負いながら、負けた榊さんは肩を落として歩き始める。
「……。なんか、物足りねぇな」
その言葉に、僕の背筋はびくりと反応し、伸びてしまった。
まさかこの人、もう一度打ちにいくつもりじゃないだろうな?
そんな僕の予想に反して、榊さんはパチスロ店をはなれて路地裏へと吸い込まれていく。今度はいったいどこへいくというのだろう。
壁に挟まれた仄暗い空間をゆっくりと歩む榊さん。僕は、そんな彼女の数歩後ろをついていっていたのだが……。
──不意に彼女がこちらを振り向くものだから、声が出てしまいそうになった。
榊さんは、とある箇所をじっと見つめている。透明人間であるはずの、僕を凝視しているのだ。
真顔である榊さんからは、なんの感情も読み取ることができない。
キレられる? もう飽きた? それか、暇になったから僕へのからかいが始まったのだろうか。
様々な憶測が脳の中を行き来するが、予想外な榊さんの次の行動に僕の頭は漂白されてしまった。
「……な、なーんか視線を感じるなぁ。透明人間でもいやがんのか?」
なぜか少し頬を染めながら、こっちが恥ずかしくなるほどの棒読みで言葉を紡ぐ榊さん。
それから、榊さんは──。
「……。透明人間見ーっけ」
──見えないはずの僕を、優しく抱きしめたのだった。
「さ、榊さんっ!?」
微かな煙草の残り香を感じながら、透明人間のロープレどころではなくなった僕は彼女の腕の中でもがく。
榊さんはそんな僕の顔を至近距離で眺めながら、にやりと歯を見せた。
「お、やっぱいたか。透明人間は抱きしめると姿が見えるようになるって言うもんな」
「初耳すぎるんですが!?」
ぱっと僕からはなれ、再び道を歩き始める榊さん。
「いくぞー」
「は、はいっ」
榊さんが普通に僕に話しかけている。
それは、僕の透明人間期間の終了を意味した。
「榊さん。僕はもう十分楽しませてもらったのでいいのですが。……どうして急に終わらせたんです? 面倒臭くなりました?」
「んや。そうじゃなく」
自身の後頭部を撫でながらちらりとこちらを見て、榊さんは少し気恥ずかしそうに口を尖らせた。
「……美味いもん食ったときの喜びとか、パチスロで負けたときの悲しみとか。お前と分け合えねーとなんかつまんねーと思ったんだ。あと、シンプルにお前の突っ込みが恋しい」
そこまで言って、榊さんは僕から顔を背けてしまう。
彼女は耳を見られないように手で隠している。……いや、それはもう、赤くなってると自白しているようなものだろ。
「愛おしすぎます」
「あー。うるせ、うるせ。んなこといいから、なんか美味いモンでも食いにいこーぜ」
「いいですよ。ビール一杯奢ります」
「んお? いいのか。なんで?」
「今日、僕の透明人間の茶番に付き合ってくれたお礼です」
「マジでか。お前、これからも時々透明人間なれよな」
「バトル漫画とかでしか聞かなそうな命令きたな」
そうして僕たちは路地裏を出て、夕日が支配する世界へと身を投げたのであった。
榊さんからの許しも出たことだし、たまに透明人間になってみるのも悪くないかもしれない。




