extra carton1 ピーラーのことをぶっ壊れ性能と呼ぶおばさん
これは、ある日僕が大学から家に帰ったときのこと。
「ん。お帰り」
休みを満喫していたであろう榊さんが、僕のベッドで横になりながら視線をスマホからこちらに移した。
「ただい」
まと言いかけて、ただの同居人にその言葉は、さすがに同棲カップルムーブが過ぎるかと恥ずかしくなって言葉をとめた。
「帰りました」
結果、下校途中に近所の人に会った小学生みたいになってしまった。
「ん」
顔を染める僕にはさして興味もなさそうに、榊さんは再びスマホに目を戻す。そして、すぐに僕を二度見した。
「公太郎が帰ってきた……。ってことは、もう一日終わりか?」
彼女はガバっと立ち上がる。みるみる内に、榊さんの顔が絶望に塗りたくられていく。
「ど、どうしたんです?」
「あ、あたし……」
榊さんは、ごくりと生唾を飲み込んでからこう告げた。
「あたし今日、Twitterしかしてねぇ……」
「……」
いや、知らねぇよ。
〇
榊さんと一緒に、冷蔵庫にあった冷や飯でチャーハンを作った。
完成したチャーハンを、ちゃぶ台にて、がっつく。
味付けのときに醤油を少し焦がすのが僕流。
家にある調味料のほとんどを、少量ずつ全部投入するのが榊さん流。
今回はどちらの流派も試してみた。結果、かなり味が濃くなった。九割は榊さんのせいだ。「あ、やべ」と言いながら、ありえない量の白だしをぶちまけていたから。
榊さんと一緒に暮らしていると、高血圧になってしまいそうだ。気を付けないと。
「美味しいですね」
「ん。んー」
榊さんは、どこか元気がないように見える。
「一日Twitterで時間を潰したことがそんなにショックだったんですか」
「おん」
「別に、いつもそうじゃないですか?」
「今日は染みるなぁ。たまに出るお前の毒舌が」
冗談めかしてそうこぼす榊さん。さてはこれ、そんなにショック受けてないな。
「Twitterてさ、実はなんの意味もないんだよな」
急に凄いこと言い出すなこの人。
「一瞬の快楽のために小粒の情報を脳に垂れ流し続けるってさ、やってることリール動画と変わんねぇしよ」
「……」
「なんなら、Twitter見てても短い動画流れてくるしな。Twitterはどれだけあたしから時間を奪えば気が済むんだよ」
「あんたが勝手にTwitterに時間を献上してるだけだろ」
「よし、決めた」
榊さんのスプーンが皿に置かれる音が響いた。
そして彼女は、顔全体に決意の気を宿す。
「あたし、Twitter禁止す──」
「無理だと思いますよ」
「食い気味で言うなよ」
わかりやすく顔をしかめる榊さん。
「や、今回はマジだから」
そう言って、榊さんは自分のスマホの画面を僕に見せつけてきた。バキバキの画面の中で、メイド服姿の榊さんとジャージメイド姿の僕が待ち受け画面に閉じ込められている。
「いくぞ。……。おらッ」
なんと榊さんは、僕が見ている前でTwitterのアプリを削除してみせたのだった。
彼女のドヤ顔が飛んでくる。だが、僕の心も表情も全く動かない。
「……で? 禁止するのは今日だけですか? それとも明日まで?」
「な、舐めやがって……」
榊さんの眉がぴくぴくと痙攣した。
「い、一か月……! いや、三……二週間! と見せかけて、一週間はどうだ!?」
「凄い勢いで禁止期間が短くなっていく」
まあ、Twitter中毒の榊さんが一週間もTwitterを断てたら大したものだろう。
「いいんじゃないですか? 最初は一週間くらいで」
「よし。それまで絶対Twitterはインストールしねぇからな」
腕を組み、ふんすと息を吐く榊さん。
「……さて、空いた時間なにに使うべかな。公太郎、映画でも見っか?」
「あ、いいですね」
その日は、僕が加入しているサブスクにて榊さんと一緒に映画を見て夜を過ごしたのだった。
〇
次の日。
榊さんの、Twitter禁二日目。
僕らが家に帰ってきたのはほぼ同時だったが、榊さんはわかりやすくイライラとしていた。
ヤニ切れ……いや、これはTwitter切れだ。
しかし、イライラしているということは、彼女は今日一日Twitterを断てたということ。
「やりましたね、榊さん」
「……」
バキバキの目でガン見された。
人って、Twitterを一日断つだけでこんなんになるの?
〇
榊さんの、Twitter禁三日目。
夜。榊さんが床に寝転がってスマホを見ていた。
この人、Twitter以外でどんな用でスマホを使っているのだろうか。ゲームしているところも見たことないしな。
悪いとは思いつつも、ちらりと榊さんの画面を覗いてみた。
榊さんは──。
……ブラウザでTwitterを見ていた。
「いや、ブラウザで見とる!」
「うおっ」
びっくりしすぎて、思わず故郷の関西弁が出てしまった。
「あ、スマン。一週間Twitterをインストールしないって約束だったから、ブラウザでならいいかって」
「いや、ダメですよ! Twitter禁の意味ないじゃないですか!」
「……。なにも言い返せねぇ……」
榊さんは、しぶしぶといった表情でブラウザを閉じたのであった。
〇
榊さんの、Twitter禁四日目。
昨日榊さんはブラウザでTwitterを見てしまっていたが、ちゃんと反省したみたいなので日数のカウントは継続することになった。ちょっと甘い気もするが、まあいいだろう。
禁じられたTwitterのストレスを解消するように、榊さんの酒と煙草の量はいつもよりも増えていた。
〇
榊さんの、Twitter禁五日目。
夜。榊さんは、全てに絶望したような目でずっとベッドで横になっていた。
だ、大丈夫かな……。
〇
榊さんの、Twitter禁六日目。
その日の榊さんは、一周回って仏のような微笑を常に浮かべていた。
悟りでも開いたのだろうか。後光まで見える気がする。
逆に怖いんだけど。
〇
榊さんの、Twitter禁七日目。
今日の二十四時をまわればTwitterをインストールしてもいいという約束だ。
現在、二十三時頃。
榊さんは、かなり落ち着いていた。
「あと一時間で解禁ですけど、余裕そうですね?」
「おん。意外とTwitterなしでも生けてけるもんだな」
一回ブラウザで見てただろ、という言葉は飲み込む。
Twitterを見ない榊さんは、かなりスマホを見る時間が減った。
それにより、僕と顔を突き合わせて話す時間が多くなった。
僕的には、かなり嬉しい。
このまま、榊さんがTwitterを辞める……とまでは言わないが、前よりはTwitterを見る時間が減ると嬉しいな。
そんなことを思っていると、いつの間にか二十四時を回っていた。
「おめでとうございます。もうインストールしてもいいですよ」
「ん。あとでしとく」
なんだか随分と余裕な様子。Twitterを断って、榊さんがより大人になってしまったとでもいうのだろうか。
まさか、このまま本当にTwitterを辞めてしまう? それはそれで、なんとなく寂しい。
さかにゃんのネタツイがもう見られないなんて……。
期間内になにもツイートをしていないか、一応さかにゃんのアカウントを確認しておこうか。
僕は自分のスマホでさかにゃんのアカウントに飛んだ。
……。
「……は?」
飛び込んできた情報に、目を疑う。
『ピーラーのことをぶっ壊れ性能と呼ぶおばさん』
さかにゃんは、日付が変わった瞬間にネタツイを投稿していたのだ。
思わず、スマホを握ったまま立ち上がってしまった。
ば、バカな……。ありえない……ッ!
榊さんは、まだスマホに触れていない。一体、どうやってネタツイを……!?
視線を感じ、そちらを見ると。
榊さんは、勝ち誇ったような笑みを口にたたえていたのだった。
「あー。悪いけど、ブラウザ見てたときに仕込ませてもらったんだわ。ネタツイが思いついたからなぁ」
「仕込み、だって……?」
僕の全身が総毛立った。
まさか、この人……!
「日付が変わった瞬間にツイートされるよう、ネタツイを予約投稿してたとでもいうんですか……!?」
「ご明察」
膝から崩れ落ちそうになった。
そ、そこまでするか? 普通……。
そうして榊さんは、一週間ぶりにTwitterをインストールしたのであった。
その日彼女は、誇張ではなく眠りに付くまでずっとTwitterを見ていたし、濁流のようにネタツイを放出していた。
……。いや。
Twitter解禁の日に予約ツイート仕込むって、どんだけTwitter好きなんだよ。
榊さんのTwitter離れは、永久にこないのかもしれない。




