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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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ぬらりひょんしかいない百鬼夜行

 雑居ビルの入り口辺りで、(さかき)さんは壁に背を預けて僕を待っていた。遠くからでもわかるくらいに疲労の色が濃い。


 近づく僕に気が付いた榊さんが、死にかけのカスカス声を絞り出す。

「お、おんぶしてくれ」

「は、はい?」

「おんぶ」

「えっと……」


 周りを見渡すまでもなく、大通りに面しているこの辺りの人通りはかなり多い。


 こんな場所でおんぶを?

 それも、バズったばかりの美人メイドさんを?


 じっと僕を見つめてくる榊さんの表情は、本当にもう一歩も動きたくないという感情だけが伝わってくる。さすがに、僕をいじろうとしているわけではなさそうだ。


 以前榊さんがおんぶをねだってきたときは、かなり酔っぱらっていた。

 それに反して、今回はシラフの大真面目な頼みだ。

 そして……今日一日、榊さんはずっと仕事を頑張っていた。


 ──まあ、恥ずかしがってる場合じゃあないよなぁ。


「……。さっさと乗ってください」

 榊さんが背中に乗りやすいよう、僕は彼女に背を向けてその場でしゃがんだ。

 数秒待っても榊さんが乗ってこないので、不審に思って顔だけで後ろを見ると。


「……あんがと」

 なぜか彼女は、ほんのり頬を赤に染めていた。


 ……自分で頼んだのに、恥ずかしくなってしまったのだろうか。

「かわいい」

「そゆの、いーから」

 榊さんの拳が僕の肩に優しくめりこんだ。


「じゃー、頼んだ」

 榊さんの両腕が、僕の首にまわる。

 そして彼女は、僕に全体重を預けた。


 彼女の横髪の先が僕の鼻先を掠め、紫煙の香りを漂わせた。僕は、彼女がまとうこの匂いが好きだ。


 用心しながら、ゆっくりと立ち合がる。


 正直言うと、榊さんは普通に重かった。

 まあ、榊さんは僕よりちょっと高いくらいの身長だから、さもありなんという感じだが。

 僕が、僕をおんぶしているようなものだもんな。


「じゃあ、いきますよ……。……うわ」


 榊さんをおんぶした瞬間、周囲の目が一斉に僕たちにそそがれた。


 は、恥ずかしい。穴があったら、更に掘って埋まりたい。


 それでも僕は、疲れた榊さんのため、秋葉駅に向かって歩を進めるのだった。


 ま、周りの目線が痛い……!


 最初こそ慎重に歩いていた。

 だが、さすがに視線に耐えられなくなってくる。


「楽ちんでいいなー、これ」

「榊さん……すみません」

「ん」

「──しっかり掴まっててください!」

「んお?」


 脱兎(だっと)

 ……僕は逃げるみたいに地を蹴った。


 ひょいひょいと人を避けながら、榊さんを乗せた僕は風になる。

 恥も外聞も常識も、なんもかんもを脱ぎ捨てて。

 秋葉中の注目を集めながら、僕たちは電気街を駆け抜けた。


「おい? 急にどうしたんだ?」

「いや、なんか恥ずかしかったんで!」

「こっちの方が見られてないか?」

「そこまでは考えてませんでした!」

 そんなもの、関係ない。

 びゅんびゅんと電車の車窓に流れる景色みたいに、通行人がただの背景と化していくから。


 秋葉でメイドさんをおんぶして走るだなんて、オタクくんの妄想にもほどがあるな。

 しかし、これはこれでなんだか楽しい。


 しばらくそのまま走り続けていると、背中の榊さんが小さく震えだした。


 どうしたのだろう?

 さすがの榊さんも、僕におぶられて秋葉を駆け抜けられるのは恥ずかしかったのだろうか。

 そんなことを考えていると。


「──ははっ」


 もう我慢できないとでもいうように。

 後ろにいる榊さんが、吹き出した。


「あはっ、あはははッ!」

 その笑い声は、先ほどまでの死にかけの榊さんからは想像もできないほどに弾んでいた。

 まるで、空にでも届くかのようだ。


 ここまで楽しそうに笑う榊さんは、酒で授乳プレイじみたことをしたとき以来だ。

「榊さん?」

「なんだよこれ? 皆見てんぞ! あたしら主人公かよ! 楽しいなぁ、公太郎!」

 それは、花火みたいな笑い声だった。


「さっきまで、しょうもないことで悩んでたのが嘘みたいだ!」


 別に、榊さんは誰かに見られたりすることがそこまで好きではないはず。

 なのに、どうしてここまでテンションが上がっているのだろう?


 僕と一緒にいるから?

 僕と一緒になって走っているから?

 僕と一緒に変なことをしているから?


 もう、そう自惚れてもいいのかな?


 地を踏む僕の足に、更なる力が加わった。

「なんだか、僕まで楽しくなってきました!」

「秋葉駅までじゃなく、錦糸町駅までこのまま帰るか!?」

「それ、は……。僕の足が死ぬかと!」

「あははっ!」


 胸が弾む。

 息が上がる。


 もう、このままどこまででも駆けていきたい気分だ。

 榊さんの笑い声を、東京中に届けてやろうか。


「ところでさぁ」

「はい」

「でかいだろ? あたしの胸」

「……」

 いや、その辺はできるだけ触れないようにしてたんだけどな!?


 僕は、背中の感覚をできるだけシャットアウトするように努めた。

 ……。

 ──うん、無理!


 もうすぐ秋葉駅。だが、なんとなく今の時間が終わってしまうのが惜しくて、僕は道を逸れた。

「僕の足がちぎれるまで、このまま走ってみていいですか」

「ああ。どこまででも連れてってくれ」


 ぎゅっと。榊さんが、僕の背中に体を押し付けてきた。

「お前になら、ついてくから」

「榊さん……」

 正直ちょっと疲れてきていたが、今ので元気をフルにチャージすることができた。

 とりあえず、浅草橋辺りまではいってみようか?


「なあなあ公太郎」

「なんです?」

 また、触れ辛い話題だろうか?

 どう返せばいいか、僕が身構えていると。


「『ぬらりひょんしかいない百鬼夜行』と『がしゃどくろしかいない百鬼夜行』どっちの方が面白いと思う?」

「なんの話だよ」

 絶対に今する話じゃないだろ。


「あん? ネタツイだよネタツイ。公太郎はどっちの方が好きだ?」

 この人は……。こんなときまでネタツイなのか。さすがに榊さんすぎるだろ。


「絵面的に面白いのはぬらりひょんですかね。がしゃどくろがいっぱいだと、強そうすぎませんか?」

「まー、ぬらりひょんばっかの方が見栄えは滑稽ではあるよな」


「格のある妖怪もいいですが、もっと弱そうな妖怪がいっぱいでも面白くないですか?」

「あー。なんで雑魚ばっかでカッコつけてんだよってなるもんな」

「例えば、一反木綿とか?」

「『一反木綿しかいない百鬼夜行』、か……。んー。やっぱ、ぬらりひょんのインパクトには欠けるなぁ。ぬらりひょんでいくか」

「いいと思います」

 いや、なにを真面目にネタツイを考えているんだよ、僕らは。


 ……。でも。


 そんないつも通りの時間が。

 とても心地よかった。


 バズっても、榊さんは榊さんで。

 榊さんがバズっても、僕も僕だ。


 これから僕が……そして榊さんが、例えどう変わっていっても。

 この関係は、変わらずに続いていくといいな。


 ふと空を見上げる。

 蒼穹。そこを、一機の飛行機が吐き出した雲が、二つに割る瞬間を目撃した。

 白により、空が二分されていく。


 あんな風に亀裂が入っても、雲はいつか消えて空は再び一つになる。

 僕らも、きっとそうだ。


 いくらでもすれ違っていい。

 その度にまた、やり直せば。


「おい、またなんか脳内ポエムってるだろ」

「……」

 にゅっと首を伸ばした榊さんにそう言い捨てられてしまった。

 表情だけ見て心を読むなよ。

 というか、いいだろ。心の中でくらいポエムっても。


「これからもよろしくお願いしますね、榊さん」

「ンだよ、改まって。……まあ、よろしく?」


 それからしばらくして、僕の背中になにかが押されるような感覚があった。榊さんが、指先で僕の背中をつんつん(つつ)いているのだ。


「なー、公太郎」

「はい」

 今度は一体なんなんだ?


「あたしがさ、あんな一つの決断だけであんだけ悩むと思うか?」

「えっと……」

 テレビの取材を受けるかどうか迷っていたときのことだろう。


「正直わかりません。榊さんは、豪胆な部分と繊細な部分を持ち合わせているので」

「ふは。どーだかな」

 小さく笑い声を零し。榊さんは、ゆっくりと語りだす。


「実は、悩んでた理由な。もう一つあったんだよ」

「え。なんです?」


 大きく息を吸い、榊さんは僕を背中から強く抱きしめた。

「取らぬ狸のなんとやらだけどよ。もしあたしがテレビ出演きっかけで忙しくなっちゃったら、公太郎と一緒にいられる時間が減っちゃうなって、思ったんだ」

「──え」

「だから、悩んでた」


 さすがに、足を止めた。


 容赦のない西日が、僕らを赤く染める。


 榊さんは榊さんで、遠くにいってしまうことに恐怖を抱いていた?

 僕とは違う場所にいってしまうことが嫌だったのか?

 榊さんは榊さんで、僕と同じような気持ちを僕に抱いていたとでもいうのだろうか……。


 彼女の顔が見たくて、僕は限界ギリギリまで首を右に向けた。

 ひょこりと右に飛び出た榊さんの顔が、視界に入る。


 ──彼女は、悪魔的な微笑みで僕を見返していた。


「からかいかよ……っ!」

「ふは。どっちだろーなー」

 カラカラとした笑い声が断続的に後ろから聞こえてくる。


「まー、どっちに取ってもらってもいいけど……。なんか、公太郎におぶってもらって走ってっと、めんどいこととか難しいこととか、全部吹っ飛んじまった。どうでもよくなったんだ」


 そして彼女は、なんのてらいもない笑みを僕に向ける。


「未来なんてわからねぇ。わからないことは考えない。あたしは、今が楽しけりゃあ、それでいい。お前といれば、なんでも楽しい」

「……僕もです」


 日が、地平線の向こうに傾き始める。


 潰れたオレンジみたいな太陽を追いかけるようにして、僕は駆けた。

 大好きなメイドさんをおんぶしながら。二人分の大きな影を追いかけるようにして。


 願わくば、いつかこの足が動かなくなるそのときまで──。


 ──僕は、あなたの傍に立っていたいです。


簡易あとがき


二章終わりです!

もしよかったら評価やブックマークお願い致します。


三章の更新日は未定ですが、ある程度たまったらまた更新を始めます。


三章の前に、つなぎとして幕間みたいなものも書くかもしれないので、気長に更新をお待ちください。

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― 新着の感想 ―
2章完結、お疲れ様です! 榊さんから公太郎への矢印もぶっとくなってきましたねぇ
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