お前がいいんだよ
榊さんの煙草休憩が終了した。
その後彼女はホールへと戻り、再び死んだ目でチェキ撮影に応じていた。
そして僕はというと、休憩中に溜まった食器をせっせと洗っていた。
正直、暇よりは仕事があるほうが助かる。
榊さんは絶対、暇な方がいいと言うと思うけど。
〇
十五時頃になると、さすがにお客さんの波は落ち着き始めた。
その間に僕は残りの休憩をもらい、榊さんも僕と入れ替わりで煙草休憩をしていた。
「公太郎」
裏口から戻ってきた榊さんが、厨房を通る際に怖い顔で僕の方に近づいてきた。
「今日、しこたま酒飲みたい気分だから、仕事終わりに付き合ってくれるか?」
鬼のような形相に、僕は普通に腰を抜かしそうになった。
働き過ぎて、榊さんがおかしくなりかけている。
「いいですけど、僕でいいんですか?」
同僚の人や、お酒を飲める人の方がいいのではないだろうか。
そう思っていたのだが──。
凪いだ湖面のように澄んだ彼女の瞳が、ためらいもなく僕にそそがれる。
「バーカ。お前がいいんだよ」
心臓の鼓動のギアが一段階上がる。
恥ずかしげもなくそう言われ、僕は完全にノックアウトされてしまった。
「……ぼ、僕でよければ」
「ん。あんがと」
榊さんが僕に背を向ける。
無限に上昇する体温を感じながら。僕は、壁の向こうに消えていく榊さんの背を見つめ続けていた。
〇
十六時になる頃には、かなりお客さんの数が減っていた。
唐木田さん曰く、いつもと同じくらいか少し多いくらいの客の数、らしい。
ということで、僕のアルバイトはここで終了となった。
唐木田さんに連れられ事務所までいき、僕はそこで、給料の入った封筒を店長から授かった。
「今日はありがとう。また忙しいとき呼んでもいいか?」
「はい。僕なんかでよければ」
榊さん経由で僕を呼ぶのも面倒だろうということで、一応僕と唐木田さんは連絡先を交換することにした。
「にしても。優秀だし、単発じゃちょっと勿体ないな。有馬くんさえよかったら、うちで長期的にバイトする?」
唐木田さんの顔を見ればわかる。それは、社交辞令や冗談の類ではなかった。
僕が、『メイドを舐めるな!』でバイトを……?
榊さんやまりにゃんさんやルイにゃんさんといった、個性的なメイドさんたちと一緒に働けるのは、正直楽しそうだ。
でも……。
「たまにならともかく、さかにゃんと一緒に働くの、ちょっと気恥ずかしいかもです……」
同棲しておいて今更なにを、という感じではある。だが、一緒に住んでいる人とともに働くというのは、なんともむず痒いものがある。
「はは。そっかそっか。ま、気が変わったらまた言ってくれ」
「はい。実はちょうど、バイト探してる途中なので」
「ああ。いつでも待ってる」
〇
榊さんは十七時退勤ということで、僕はそれまで適当に時間を潰すことにした。
そういえば、初めて『メイドを舐めるにゃ!』を訪れた際も、榊さんの退勤を待っていたんだっけ。
榊さんは仕事後に一服するみたいだから、店を出てくるのは十七時十五分くらいだろうか。
不意に、僕の腹が小さくなった。その音で、昼食を食べ損ねたことを思い出した。
人込みに紛れて道を歩きながら、どこかのカフェで軽食でも食べようかなと考えていた。
しかし、以前榊さんと居酒屋にいった際のことを思い出した。お酒が飲めない僕を気遣い、榊さんはたくさん料理を食べさせてこようとしたのだ。
……カフェは、やめておこうかな。
今回は、榊さんの期待に応えてあげたいから。
適当に電気街を歩いていると、榊さんからLINEが届いた。
『仕事終わった。歩きたくないから、メイド喫茶まできてくれ』
「……どゆこと?」
結局駅までは歩くことになるのに?
疑問を持ちつつも、僕は雑居ビルに向かうのだった。




