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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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延長は三十分でおけ?

「変なプライド持って、この機会を逃して……。そんで、あたしが一生芸人になれないとしても、断ってもいいと思うか?」


 今回の取材を断ると、もう(さかき)さんにチャンスはない? もし普通に芸人になっても、売れないと思っているのか?

 そんなこと──。


「──それはありえません」

 自分でも驚くほどに、その言葉は流暢に僕の口から滑り出た。


「……ありえない?」

 驚愕と懐疑が混ざった表情の榊さんが、目を剥く。


「なにがだ?」

「芸人になれないのが、ですよ」


 彼女を正面から見据えながら、僕はこう断言する。

「榊さんは天才です。世界で一番面白いです」

「い、いや、それは言い過ぎ……」

 榊さんは、気恥ずかしそうに頬を染めた。


「なにが言いたいかというと。榊さんはめちゃくちゃおもしれー女なんですから、今回のチャンスを棒に振ってもいつか絶対に日の目を見ます!」

「んなこと──」

「僕が保証します。いつもあなたの傍にいる、この僕が」


「……公太郎(こうたろう)


 不意に吹いた風が、僕と榊さんの間を駆け抜けていった。


 その風が榊さんの前髪と煙草の煙を巻き取ってくれたおかげで、彼女の表情がよく見える。


 少し不安を(かか)えていたように見えた榊さんの瞳に、微かに光が宿った。

 その光彩は、僕の言葉によるものなのかはわからない。


 けれど、榊さんは僕を見据えたまま、星の光をちりばめたようなその瞳を柔く細めてみせた。

「……だな」


 そして、彼女はため息と煙草の煙を同時に吐き出した。

「はぁ。……よし、今回は断ることにするわ」


 その瞬間、彼女の纏う空気がほんの少しだけ軽くなったように思えた。

 彼女の瞳には薄い雫の紗幕(しゃまく)がかかっているようにも思えたが、言及はしないでいいだろう。


「……ま、どっち選んでもお前ならそばにいてくれるか……」

 ささやかれたその言葉は、風に邪魔されることなく確かに僕の耳に届いた。

 その声にどう反応していいかわからず、僕が逡巡(しゅんじゅん)していると。


「まあ、最初からあたしは断るつもりだったけどな」

「……ん? えっ? それ、ホントですか?」

「当たり前だろ? あたしはこんな(ばく)ぜに頼らなくてもやってけるんだよ」

「うわ。とうとう(ばく)ぜるを略し始めた」

 それもう、僕に伝わるかも怪しいぞ?


 後ろ頭を撫でながら、榊さんが横目をこちらに投げてくる。

「なあ、公太郎」

「? はい」

「まあ、全然悩んだりしてたわけではないんだが、その……」

 榊さんが、急にモジモジし始めた。


「なんです?」

「えっと」

 しばらく彼女は黙り込んでしまったが、僕は急かすことも茶化すこともなく、次の彼女の言葉を待った。


「ホントに全然迷ってたワケじゃないんだが。公太郎に話して、公太郎の思いと言葉を聞いて……。かなり気が抜けたんだ」

「……? はい」

「だから──」


 急に榊さんが立ち上がった。

 彼女は、僕に向かって長い両腕を伸ばす。


「──ちょっと、充電」

「……え」


 鼻先を掠める紫煙の香り。

 僕と榊さんの距離がゼロになった。


 榊さんは僕の背中に両腕を伸ばし、僕の左肩に顎を乗せる。

 彼女は、微かに震えていた。


「あんがと。お前が背を押してくれて、踏ん切りがついたよ」

「榊さん……」


 一見強い女性に見えるが、榊さんは、本当はとても繊細な人だ。

 ……たくさん。たくさん悩んだんだろう。


 様々なことを考えたはずだ。


 どちらの決断を下しても、彼女はこれから後悔を背負うことになったかもしれないのだから。


 取材を受けていたら、その後どれだけ成功したとしても、自分の顔に頼ってしまったという十字がずっと背に張り付いていたかもしれない。


 取材を受けずにうだつの上がらない日々が続けば、それはそれであのとき断らなければと、後悔してしまうかもしれない。


 これは、榊さんだけに限った話ではない。人生はおしなべて、選択の連続なのだから。


 榊さんは今回、取材を断る道を選んだ。

 でも、今回の彼女の選択は僕と一緒に選んだ選択だ。


 例え今回選んだこの道が間違っていたとしても、その責任は僕にもあるのだ。


 ──半分。

 半分ずつ。


 これからは、嫌なことは僕たちで半分にしたらいい。

 そして、楽しいこともわかちあったらいいんだ。


「榊さんに背負いきれないものが出てきたら、僕が一緒に背負います。……せっかく、一緒に住んでるんですから」

「……ああ」

「わけるのが僕っていうのが、ちょっと頼りないかもですが」

「ンなことねぇよ。……バカ」

 耳元で聞こえる彼女の声は、いつもよりも更に(かす)れて聞こえた。


 僕にはなんにも取り柄なんてないけれど。

 影ながら、この危なっかしいメイドさんを支えてあげたいと、そう思った。


 僕はぼんやりとした面持ちで、いつの間にか吸い殻入れで潰された二本目の煙草を見つめていた。


 しばらくそのまま抱きしめ合っていると。


 ……風に紛れ、蝶番(ちょうつがい)が軋む音がした。


「──さかにゃん。休憩時間五分過ぎてるんだけど延長す──」


 不意にそんな声が聞こえ、僕と榊さんはその場で飛び跳ねてしまった。


 お互いからはなれ、声がした方を見ると。


 屋上の扉の間からニヤけ面をさらした、ルイにゃんさんがそこにいた。

「ガチで野外でしててウケる。延長は三十分でおけ?」

「違います!」

「違うから!」


 見られたら一番面倒な人に見られてしまった。


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