お前にしては鋭いじゃん
煙草の煙とともに吐き出された榊さんの言葉が、僕の頭にまとわりつく。
「榊さんのバズがきっかけで、テレビの取材が……?」
「おん」
灯るライター。榊さんの手元で、二本目の煙草が命を得た。
「たまにあんじゃん? Twitterで爆ぜた投稿主にテレビの取材が入るやつ」
「爆ぜた……」
もうこの人は、今後バズじゃなくて爆ぜるでいくことに決めてしまったのか?
まあ、真面目な空気の今はツッコミなしでいこう。
「あんな感じの取材の依頼があたしにきたんだ」
「……ど、どんな風にテレビに映るんです?」
「あたしが映ったツイートが紹介されて、一応ちょろっとだけあたしもテレビに映るみたいだ」
「凄いじゃないですか!」
「んー。深夜番組のちょっとした枠らしいけどな」
テンションの上がる僕とは裏腹に、なぜか榊さんはいつものローテンション。
どうしたのだろうか。
「あれ? 芸人時代のときって、テレビに出たことあったんでしたっけ?」
「いや、なかったな」
「じゃあ、めちゃくちゃチャンスですよ!」
榊さんがテレビに映れば、彼女の面白さが衆目に広まるだろう。今よりも、もっと人気が出ること請け合いだ。
そうなればほんの少しだけ寂しいような気もするが、僕はもうその葛藤とは折り合いがついている。
……そう思っていたが、僕の心境がどうなるかなんて、実際に榊さんが今よりも人気者になってしまったときじゃないとわからないよな。
それでも、僕が彼女の大成を願っているのは事実だ。
榊さんも、芸人の道に戻りたいと以前話していた。なのにどうして、あまり乗り気に見えないのだろうか。
僕がどう声をかけようかと悩んでいると、榊さんが口元から煙草をはなした。
「実際、あたしが芸人として復帰しようと思えばいつでもできるんだよ。不祥事とかで引退したわけじゃなく、自分の意思で引退しただけだからな。あたしが事務所とかマネージャーに頼めばいつでもいけるはずなんだ」
「でも……榊さんがそれをしないのは」
強く拳を握り、噛みしめるように続きを吐き出す。
「心境の問題……ですよね?」
「ん」
榊さんは、自分の美しさに嫌気がさしていた。そして、その美しさによって自分の笑いが成立しているのではないかと気が付き、病んでしまったと言っていた。
……そうか。
つまり、榊さんは。
「自分の見た目によって舞い込んできたチャンスを掴むべきか、迷っているんですね?」
榊さんは膝を組み、妖艶に目を三日月にした。
「お前にしては鋭いじゃん」
相変わらず、顔がいい。しかし、この見目の麗しさによって、榊さんは数々のしがらみを抱えることになってしまった。
「でも、チャンスであることには変わらない」
歯を食いしばるようにそう零す榊さん。
……なんと、歯がゆい話なのだろうか。
「公太郎は、どう思う?」
短くなる煙草の先を見つめていたら、唐突にそう声をかけられた。
「受けるべきか、断るべきか」
煙草の灰の落ちるスピードが、コマ撮りをしたみたいにスローに見えた。
「僕、ですか?」
正直、僕なんかよりも榊さんの気持ちを優先してほしい。
しかしそれでも僕に頼むということは、榊さんはかなり迷っているということなのだろうか。
何の気なしに榊さんを見る。
彼女の双眸には、僕にすがるかのような感情の色が見え隠れしていた。
どうするべきか、相当悩んでいるのだろうか。
それなら、なにを隠すことも繕うこともないだろう。
僕の正直な気持ちを榊さんに伝えるのみだ。
「榊さんが本気で芸人の道に戻ろうとしているのなら、正直、またとないチャンスだとは思います。今まで榊さんを知らなかった人にもリーチできるチャンスですし」
「……そだな」
榊さんの瞼が、ほんの少しだけ俯いた。
「でも、榊さんが自分の顔の力に頼りたくないのなら、無理に受ける必要はないかと思います」
僕がそう言い切ると、榊さんの眉が微動した。
そして彼女は、吐息みたいな声を出す。
「──もし、断って……」
そこまで言って口をつぐむ。
しばらくそのまま黙っていたが、結局言うことにしたようで、彼女は瞳を鋭利に細めた。
「変なプライド持って、この機会を逃して……。そんであたしが、一生芸人になれないとしても。……それでも、断ってもいいと思うか?」
榊さんは、これが最後のチャンスだとでも思っているのだろうか。
──いや、違うな。
彼女の比重は、どちからかというと断る方に向いている気がする。
僕に、背を押してほしいのか?
……でも。彼女がどう思っていようと、僕は自分の意見を伝えよう。
榊さんの言葉に対する僕の返答は、決まり切っていた。
「それは──」




