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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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公太郎の間抜け面を肴にヤニ吸うと、疲労がみるみる回復してくわ

 (さかき)さんの現状を唐木田(からきだ)店長に伝えると、緊急で榊さんに煙草休憩が与えられることとなった。


    〇


 僕が洗い場で食器を洗っていると、厨房内で話し合う榊さんと唐木田さんの声が聞こえてきた。


「スマンな。働かせっぱなしで」

「いや、しゃーないスよ。十分(じゅっぷん)だけヤニ吸ってきます」

「もっと休んでていいぞ?」

「客待たせてるんで。あとの五十分は落ち着いたらもらいます。落ち着くか知らんけど」


 そこで榊さんは言葉を止め、急に僕の方に顔を向けてきた。

 そして僕を指さしながら。


「そんかし、コイツも連れてっていいスか?」

「え」

「え」

 はからずも、僕と唐木田さんの声が重なった。


「……まあ、洗い物今は溜まってないからいいけど。有馬(ありま)くんはいいか?」

「コイツに拒否権はないんで」

「なんでだよ」

 唐木田さんもいるのに、いつものノリで突っ込んでしまった。


「つーわけで、いってきやす」

 言下(げんか)、榊さんはこちらに向かってずんずん歩を進め、僕の腕を強く掴んだ。

 そのまま僕は、厨房の裏口へと連れていかれる。


 ……正直、少し嬉しかった。


 休憩できることが、じゃない。

 榊さんと二人切りになれることが。


 裏口から少し進むと階段があった。どうやら、ここからも屋上へいけるようだ。

 階段を上る途中、煙草休憩から戻ってきたと(おぼ)しきルイにゃんさんに凝視された。


「おー」

「な、なんです?」

 彼女は真顔のまま右手を口元に沿え、はわわといった風に口を開けてこう言った。

「野外えっち?」

「違います!」


   〇


 例の屋上で、僕らは古びた椅子に隣り合って座っている。

 まるっきり、いつかの構図と同じである。


「ごめんな公太郎(こうたろう)。急に呼んで、急に働かせて。あんがと」

「いえ」


 今はまだ昼過ぎ。だが、空は星でも見えてしまいそうなほどに澄んでいる。

 そんな雲のない空に、榊さんが吐き出す煙が昇っていく。下から見れば、人口の雲だ。さながら、榊さんは雲の生産工場といったところか。

 と、僕が榊さんの喫煙シーンに癒されていると。


「お前、ここであたしが吸うとなんでいっつもキモいこと考えるんだ?」

「なにも言ってないんですけど」

 僕、そんなキモい顔してた?


「ま、いーケド」

 榊さんは、椅子からずり落ちてしまいそうなほどに足を投げ出し、凄くリラックスした状態で煙草を吸っていた。

 一時的に仕事から解放された榊さんを見ていると、僕が横にいるのがなんだか申し訳なくなってきた。


「僕、邪魔になってないですか?」

「あん?」

 鋭い流し目が僕に飛ぶ。


 マズい。言葉と話題の選択を間違えたかもしれない。

 榊さんが呼んでくれたんだから、邪魔になるはずもないだろうに。


 身構えていたが、榊さんはふっと表情から力を抜き去った。


「あー、疲れたあたしに気ぃ遣ってくれてんのな。いンだよ。そこにいてくれたら。公太郎成分を充電したかっただけだから」

「ぼ、僕の成分……」

 なんか、急に彼女みたいなこと言い出したぞ? この人。

 それは、その。ぎゅーってしたいとか、そ、そういうこと……!?


 僕が、ねちゃついた笑みで恐縮していると。

「……ああ。それそれ。公太郎の間抜け面を(さかな)にヤニ吸うと、疲労がみるみる回復してくわ」

「失礼すぎるだろ」

「ふは。冗談だよ」

 榊さんが、本日二度目の笑顔を僕に見せた。


「まー。お前といると疲れがとれるってのは、ホント」

「それは、どうも?」

 はたして、僕なんかにそんな癒し効果があるのかは(はなは)だ疑問だが。


 それから僕らは、しばらく黙って蒼穹(そうきゅう)を仰いだ。


 風もなく、音も少ない。

 聞こえてくるのは、地上の雑踏。それから、隣の榊さんが煙草を吸う息遣いの音だけ。


 空に飽きてきた僕は、なんとはなしに隣のメイドさんを見た。

 すると彼女も、綺麗な顔をこちらに向けていた。


 どちらがなにかを言うこともなく、目を逸らすこともなく、数秒が過ぎ去った。


 榊さんの、放り出された右手に挟まれた煙草。そこから昇る微かな紫煙が、僕の視界の端で線香の煙のように広がっていて、美しかった。


 止まったような時間。

 それは、至福のひと時であった。


 また煙でもかけてくれるのかと僕が期待していたら。

「なんだ? 野外えっちでもするか?」

「しませんよ!?」

 普通にいつも通りいじられてしまった。


「まあ、十分(じゅっぷん)じゃ厳しいか」

「そういう話ではなく」

 榊さんは、小さな笑い声を口の中で噛みながら、一本目の煙草を吸い殻入れに押し潰していた。


 彼女の目は、なんだか常時よりも虚ろに沈んでいるように見える。


 そういえば、ルイにゃんさんがなにか言ってたな。

 榊さんがいつもよりも元気がなさそうに見えるとかなんとか──。


「──じゃあ、本題に入るけど」

「……、本題?」


 榊さんのまとう空気が、一瞬にして真面目なものに変容した。

 思わず僕は、心と体の居住まいを正す。


「公太郎に聞いてほしいっつーか、言っておきたいっつーか……。まあ、回りくどいのはなしで言うと」

 榊さんは、わざとらしく咳払いを挟んでからこう続けた。

「あたし、バズ……(ばく)ぜたじゃん?」

「は、はい」


 (ばく)ぜるは、以前榊さんがバズるの代わりに考えた言葉。

 でも、真面目な空気の今使うか!?


 まあ、榊さんはボケてるつもりはないのだと思うが。


 僕がツッコミを我慢して次の榊さんの言葉を待っていると。

 彼女は、落ち着いた表情で声を漏らした。


「あれのおかげで、テレビの取材きたんだよ。今日の朝」

 なぜだか少しだけ悲しそうな顔で、榊さんは僕を見た。


「そんで。これきっかけに芸人の道に戻ろうか、悩んでるんだ」


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