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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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もっと目のハイライト消せますか?

 一時間ほど皿洗いを続けただろうか。

 洗い場に溜まった洗い物はほとんど姿を消し、新たにやってくる洗い物を待つという状況になっていた。


 少し暇になった僕は、ちらとホールに続く道を見やる。

 (さかき)さんは大丈夫だろうか。いつもやる気のない彼女がずっと稼働しっぱなしだと疲労が心配だ。そろそろTwitter休憩かヤニ休憩が必要なのではないだろうか。


 それに、ルイにゃんさんが言っていた榊さんが元気がないように見えるという言葉も気になる。


 そんなことを考えていると。

「お。有馬(ありま)くん、暇になった?」

 どこからともなく現れた店長──唐木田(からきだ)さんが近づいてきた。


 この人は、僕が手持無沙汰になるといつも声をかけてくれる。恐らく、自分の仕事をしながら常に周りに目を配っているのであろう。


「なにか仕事がないか探してたところです」

「お。やるね。簡単なドリンクとか作ってもらってもいいけど……」

 そこで、唐木田さんはにやりと口角を上げた。


「ホールが気になる?」

 僕が、時折ホールに目をやっていたことに勘付かれたようだ。


「さかにゃんか?」

「えっと……。はい」

 鋭く言い当てられ、気恥ずかしさで僕は縮こまってしまう。


「はは! ホントに好きなんだな。じゃ、ホールの食器回収やってもらおうかな。持ってきた分を、そのまま自分で洗ってもらったらいいから」

「僕がホールに出てもいいんですか? お客さんのノイズになるような……」

「大丈夫、大丈夫。忙しいしワチャワチャしてるから、気にする人いないって」

「はぁ……」


 そんなものなのだろうか。

 まあ、忙しいときにあれこれ考えている暇はないな。


「わかりました」

「よし。ついでに、さかにゃんの様子見てきてくれ」

「それは……」

 願ったり叶ったりではありますが。


「その役目は、店長の方がいいんじゃないですか?」

「あいつは俺には本心見せないだろ。たぶん、無理して強がったりすると思う。その分、有馬くんには素直に助けを求めそうだ。アイツがなんかサイン出してきたら、教えてくれ」

「わ、わかりました」

 唐木田さん、僕のことを買い被りすぎではないだろうか。


「よし。じゃあ、とりあえず三番テーブルの食器を片付けてもらおうか。場所は店の中央辺り。片付け前のテーブルは今そこだけだからすぐわかると思う。……で、さかにゃんが近くにいたら、さりげなく様子を見てきてくれ」

「はい」

 唐木田さんの指示に頷き、僕は厨房を飛び出した。


 ホールに出ると、厨房にいたときにも聞こえていた喧騒が体感二倍ほどの大きさになって僕を襲った。


 店内は、慌ただしく動き回るメイドさんやお客さんで埋め尽くされている。

 特に、ステージで、チェキを撮るために並んでいるお客さんの数が凄い。


 ステージには数人のメイドさんが立っていたが、一番長い列を形成しているのは。

「榊さん……」


 榊さんが、いつもよりも闇を多分に含んだ死んだ目でダブルピースをし、チェキに応じていた。

 メイドさんがチェキを撮るときの表情じゃなさすぎるだろ。

 笑顔ゼロってなに?


 しかし、それが榊さんのお客さんには好評のようで。

「あ、あのっ。もっと目のハイライト消せますか?」

 どんな注文?


「ん。これでどうだ?」

 すっと黒目の割合を増やす榊さん。

 なんでできるんだよ。


 そんな感じで。榊さんは死にかけていたが、死にかけながらもお客さんをどうにかこうにかさばいていた。


 これは、意外と大丈夫そうか……?

 榊さんのことは置いておいて、僕は自分の仕事を全うしよう。


 メイドさんとお客さんの邪魔にならないように存在感を消して、部屋中央の三番テーブルへと近づく。帰りはもっと気を付けないと、人の波に揉まれて皿を落としかねないな。


 それにしても……。榊さん、本当に人気者になってしまったんだな。

 ネット上の数字だけではわかり辛いが、こうやって榊さんのことを好いている人が可視化されると、より強くそのことが実感される。


 このまま榊さんが芸人として大成すれば、榊さんはもっと人気者になるのだろうか。

 僕なんかとは住む場所の違う、星の人に──。


「……」


 鬱屈とした気持ちが湧く自分が嫌になった。

 どうして僕は、素直に榊さんの躍進(やくしん)を喜ぶことができないのだろうか。

 僕はこんなに、面倒な生き物だったか?


 とぼとぼと歩き、三番テーブルに着いた瞬間。

「……?」

 誰かの視線を感じた。


 僕は。

 ゆっくりと。ゆっくりと顔を上げる。


 視線が交差する。


 ……好きな人と、目が合った。


 綺麗な顔のそのメイドさんは、綺麗な顔が台無しになるほどの死んだ表情をしていた。


 でも──。


 彼女は僕を見つけた瞬間、ニヤリと笑ったんだ。


 それは、雪片(せっぺん)のように儚く。

 雨粒に煌めく陽光のように(かす)かな。


 小さな、小さな微笑みだったけれど。


 確かに彼女は、僕を見て微笑んだ。


 その弱々しい笑顔は、僕がまとう憂いを吹き飛ばすには十分すぎる力を持っていた。


 そして榊さんは──。


 ……一瞬で死んだ目に戻り、煙草を吸うジェスチャーを僕に送った。


「……ふふ」

 さすがに、笑うしかなかった。


 三番テーブルの食器を持てるだけ手に持ち、僕は急いで唐木田さんにこう報告しにいった。

 彼女に、今すぐヤニを摂取させてあげてください、と。



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