さかにゃんのどういうトコが好きなんだ?
榊さんに連れてこられたのは、店の奥の、厨房の隅の洗い場であった。
洗い場近くの調理場では、料理担当の従業員の方々が忙しなくフードを作り続けている。全員、もれなく目がバキバキだ。
わかりやすい修羅場に、僕は息を飲むしかできない。
榊さんに手渡されたエプロンを着用していると、彼女は小さく声を発した。
「店長。公太郎がきてくれました」
店長?
榊さんの話にたまに出てくる、あの店長?
榊さんに甘すぎるということで有名な、あの?
「ん? そいつが例の子か」
手早くオムライスを作っていたスキンヘッドの男性が、顔だけでこちらを振り向いた。
その威圧感に、僕は圧倒された。
僕よりも榊さんよりも、頭一つ分ほど大きい。百九十センチ近くはあるのではないだろうか。
体重も、九十キロ以上はありそうだ。それも、脂肪ではなく筋肉の重さで、だ。
格闘技でもやっているのかと思ってしまうほどの恵まれたその体格に、僕は心理的に一歩退いてしまった。
なんというか。
うん。普通に怖い。
そんな彼の、ナイフの切っ先のように鋭い瞳が僕に飛ぶ。
「さかにゃんに色々聞いてるよ。有能なんだって?」
それは、茶化す風ではなく、シンプルな問い。
「ど、どうでしょうか……?」
ゆ、有能?
榊さん、僕のことをどんな風に伝えてるんだよ。
「俺は、店長の唐木田。急にきてもらって悪い。色んなツテ使って人呼んでみたんだけど、あんま集まんなくてな。本当は俺から直接声かけたかったんだけど、手がはなせなくてなぁ……。回りくどい方法で呼んじまってスマン。今日はよろしく」
唐木田さんは、丁寧に僕に頭を下げてくれた。
見た目に反して、物腰がとても柔らかい。
「あ、いえっ! 僕は、有馬公太郎です。僕なんかにできることがあるかはわかりませんが、よろしくお願いします」
僕は、唐木田さんに負けないほどに深く頭を下げた。
僕が顔を上げると、唐木田さんも同タイミングで頭を上げたらしく、途中で目が合ってしまった。
僕らは、自然と微笑み合う。
唐木田さんは、笑うとかなりチャーミングなお顔をされていた。
所作もどこか丁寧だし、怖いのは見た目だけなのかもしれない。
「じゃあ、店長。あたしはチェキの依頼がかなり溜まってるんで、もういくっスよ? ダルいけど……」
「すまん、頼む。今日乗り越えたら、俺への借金少し減らしといてやる」
「マジすか? ラッキー」
言葉とは裏腹に、その声には力が宿っていなかった。
榊さんは、ふらつく足取りで調理場をあとにしようとする。
「すんません。あたしのせいでこんなことンなって。店長にまで厨房に出てもらうことになるなんて」
「客の入りを嫌がる店長がどこにいる」
「強がりじゃないといいスけど」
小さく笑んでから、榊さんは僕を一瞥。
「ほいじゃ、頼んでいいか?」
「頼まれました」
「……」
緊張の面持ちの僕を見て、榊さんがゆっくりとこちらに近づいてきた。
彼女の温かい手が、僕の頭に優しく触れる。
「お前なら大丈夫」
「……はい」
「ん」
そうして榊さんは厨房を後にし、ホールの床を踏んだ。
「有馬くん」
「はい」
榊さんがいなくなったのを見計らい、唐木田さんが真面目な顔を僕に向けてきた。
やっと仕事の説明が始まるのだろう。メモとか持ってたら良かったんだけど……。
そう思っていたら。
「さかにゃんのどういうトコが好きなんだ?」
「ぶっ!?」
いきなりの問いに僕は吹き出し、それからしばらく咳き込んでしまった。
「なっ、なっ、なっ! す、好きって! なんでそう思うんですか!?」
「ん? 俺、相手の顔見ればどんな子がタイプかなんとなくわかるんだよ。俺の特技」
なんだその特殊能力!?
店長として色々な人間を見てきたから、なんとなく傾向がわかるってことか……?
「その反応を見れば、正解ってところか」
茹でだこになって慌てる僕を見て、唐木田さんは得意げに口端を上げてみせた。
榊さんは僕のことをどこまで話しているのだろうか。さすがに、一緒に住んでいることは伝えていないと思うけれど。
「さかにゃんがな、よく有馬くんの話してるんだ」
「え」
「最近面白いやつに会ったんスよ、ってな」
「そう、ですか」
過大評価もいいところだと思うが、ここは素直に喜んでおいてもいいのだろうか。
「で、どこが好きなんだ?」
「えっ」
なあなあで逃げ切ったと思ったのだが。
どうやら、この質問に答えない道はないらしい。
「そうですね……」
榊さんの好きなところ、か。
正直、全部だ。なんの誇張もなく、全部。残念なところも含めて。なんなら、残念な部分の方が好きまであるし。
だが、そう答えると浅いと思われそうだ。
「榊……さかにゃんの好きなところは……。一見クールに見えますが、結構子どもっぽい部分が散見されるところとか、ですかね?」
いや、この解答はこの解答でなんだか凄く浅く聞こえるな!?
しかし唐木田さんは、僕の解答にニヤリと不敵に微笑むのみ。
どういう反応なのかわからなくて、怖い。
「おっと。世間話が多すぎたな。そろそろ仕事の説明をするか」
そうは言いながらも、唐木田さんは僕と雑談をしている間もずっと手を動かし続けていた。
「フードは手順を教えるのに時間がかかるから……。洗い物を頼めるか?」
「はいっ」
「よし。なら、洗い場に溜まってる食器をざっと洗ってもらって、隣の食洗器にぶちこんでいってくれ。食洗器は、上から蓋をするように下ろすと勝手に洗ってくれるから」
唐木田さんが指さす洗い場を覗き、ぎょっとする。食後の皿やコップで埋め尽くされていたのだ。
確かにこれは、猫の手も僕の手も借りたい状況かもしれない。
「じゃあ、よろしく。なにかわからないことがあったら訊いてくれ」
「はい!」
スポンジを手に取り、洗った食器を次々と食洗器の中に突っ込んでいく。
洗っている間も、次々と使用済みの食器が近くに並べられていった。これは、スピード勝負だな。
バイトをするのは、高校生のとき以来だ。
自分が誰かの役に立っているのだという感覚は、やはり悪いものではないな。




