離乳食を塩でいく通の赤ちゃん
麻雀卓を片付け、再び四人でちゃぶ台を囲んだ。
僕はコーラ、他の三人はそれぞれお酒を飲んでいる。
「榊、お前はあれやな。ホンマあれやわぁ」
我藤さんはビールを中心に飲んでいた。既に酔いが回ってきたらしく、榊さんにダル絡みしていた。
チャイナ服の我藤さんが缶ビール片手にくだを巻く姿は、僕的にかなり高ポイントだ。
榊さんは様々なお酒を代わる代わる飲みながら、顔色一つ変えずに我藤さんをいなしていた。
「あ、そスね。あたしはあれスね。『離乳食を塩でいく通の赤ちゃん』みたいなもんっス」
「なんやねんそれ!?」
榊さんは、ネタツイで適当に我藤さんを煙に撒こうとしている。
「ふひゅ……」
舞姫さんは度数の低いチューハイを飲みながら、そんな二人のことを眺めていた。たぶん、顔の良い二人の絡みを肴にしているのだろう。だって、めちゃくちゃニヤけているから。
なんか……未来の僕を見ているようだ。
「なぁー、有馬くん」
我藤さんは、榊さんに構ってもらえないのが面白くなかったのか、急に僕に水を向けてきた。
「有馬くんはなんか、オモロいことできへんの?」
史上最悪のフリきたな。
「いや、僕は皆さんみたいに面白くないので……」
「ほーん?」
意外にも、我藤さんはそれ以上の無茶振りをしてこない。
「有馬くんのこともっと知りたいなぁ。なんか趣味とかないんかー?」
「趣味……と言っていいかはわかりませんが、お笑いは好きです」
「お! ほな、ウチのこと知っとる? 知っとる!?」
我藤さんが急に上機嫌となり、その場でぴょんぴょんと跳ねだした。
「昔、ネタ番組に出てたのを覚えてますよ」
バーで偶然出会うまではすっかり忘れていたのだが。それは言わなくてもいいだろう。
「ホンマ!? ありがとう! 全然売れてへんのによー知っとんなぁ。また、ウチの相方にも会ったってーやぁ」
「ぜひ」
記憶はおぼろげだが、確か我藤さんの相方も女性の方だったはずだ。
我藤さんの相方さんか、どんな人なのだろう。
「他にはなんかないん? 趣味とか好きなこと!」
「えっと、それくらいですかね?」
「お前、大喜利好きじゃん」
「うっ」
なぜバラすんだ、榊さん。
現役のお笑い芸人さんの前で大喜利が好きだなんてとてもじゃないが言えなくて、黙っていたのに。
「マジ!? ウチも『大喜らズ』ってサイトにたまに顔出しとんで」
「──ゴホッ」
飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。
『大喜らズ』は、誰でも大喜利のお題や解答を投稿できるサイトだ。
大喜利の解答は、投票によってランキングが付けられる。
僕は『半チャー大納言』という名前でちょくちょく一位を取っていたりする。
「ん? その反応、有馬くんも『大喜らズ』でやっとんの?」
くそッ。さすがは榊さんの先輩。鋭い。
この人相手に隠し通すことはできないだろう。
それに、嘘を吐いても榊さんに突っ込みを入れられそうだし。
僕は、正直に話すことにした。
「そうです。たまに『大喜らズ』で遊んでます」
「おー! ウチと一緒やん!」
ちゃぶ台に手を置いた我藤さんの首が、僕に向かって伸びてきた。
「どんな名前か訊いてもええ? 見たことあるかもしれへんし!」
「えっ……、と」
期待の籠った我藤さんの瞳を見つめていると、教えたくないですとは言えなくなってしまう。
「一応、『半チャー大納言』って名前でやってます」
「半チャー……大納言……?」
真顔で僕のハンドルネームを繰り返す我藤さん。
パチパチと、彼女の綺麗な二重が瞬きを繰り返す。
そして彼女は、大きく息を吸ってから叫んだ。
「──半チャー大納言ッッ!?」
大きな音が床で響いた。
驚きにより、我藤さんが背中から床に倒れ込んだのだ。勢いが良すぎて、チャイナ服に包まれた両足が天を向いている。
この人だけコロコロコミックの中で生きているのか?
「大丈夫スか? ガトさん」
榊さんが、あまり心配していなさそうな顔と声で我藤さんを手でゆすった。
「大丈夫なワケあるかいッ! 半チャー大納言ってゆったら、毎回ウチが参加したときにウチを差し置いて一位かっさらう宿敵やないかい!?」
そ、そうなのか?
「あの、我藤さんのハンドルネームを訊いてもいいですか?」
「ウチ? ウチは、『オランウータン丼や!』」
『オランウータン丼』……?
サイト内で何度か目にしたことがある。毎回、独特なアプローチで人気を得ているアカウントではないか。
「あ、僕、知ってますよ」
「ホンマ!? ……って、喜んどる場合ちゃうやろ、ウチ!」
我藤さんは、ふるふると震えながら僕をびしりと指さす。
「しょっ、勝負や! 大喜利勝負や、半チャー大納言! 今回こそはウチがメキメキに叩き潰したる!」
「いやっ、現役の芸人さんと勝負だなんて恐れ多すぎます!」
「なんやて~~!? オモロさに立場なんて関係ないやろがい!」
「ほへぇ。コイツそんな凄いんスか?」
榊さんが、さして興味もなさそうに口を挟んだ。
「せやなぁ。少なくともウチは、半チャ……有馬くんの解答好きやで」
「……へぇ」
榊さんの、「我藤さんに気に入られやがって」という意のこもった視線が痛い。
「……まあ、バトルはサイト内でいつでもできるか」
──と、我藤さんの溜飲が自然と下がりかけた瞬間。
「──わぁっ!?」
唐突に、舞姫さんの叫び声が部屋の中に響き渡ったのであった。
「どないした、舞姫!?」
「や、や……」
「や? ヤーさんがどうかしたんか?」
我藤さんの問いに、舞姫さんはぷるぷると首を横に振る。
そして彼女は、スマホの画面を僕たちに見せてくれた。
「や、やしろちゃんが……」
「ん? あたし?」
「う、うん。やしろちゃんが……」
続く舞姫さんの声には、興奮と恐怖が同量配分されていた。
「バズってる……」
──え。
舞姫さんが握るスマホの画面の中で。
メイド服姿で煙草を吸う榊さんの画像が、数千単位で拡散されていた。




