だらしねぇ顔してたから
木曜日の講義後。
LINEを確認すると、榊さんからこんなメッセージが届いていた。
『土曜日。ガトさんと、もう一人あたしの友達が遊びにくるみたいだから、なんとなくでいいから麻雀の勉強しといてくれるか?』
あまりにも急すぎる。
明後日までには麻雀のルールを覚えないといけないということか?
あの、難しいことで有名な麻雀のルールを?
僕、麻雀漫画の知識くらいしかないんだけどな。
いや、我藤さんに勉強しといてと言われていたのに、なにも触れてなかった僕も悪いのだが。
そんなことを思いつつも、僕の指は勝手に返事を書いていた。
『わかりました』
わかりましたじゃねぇよ。
榊さんと我藤さんのダブル駄目女と麻雀ができる期待で、つい粋がってしまった。
いや、その二人だけではない。
今回は、更にもう一人榊さんのご友人がくるのだという。
あの二人の知り合いだ。
きっと、残念な女性に違いない。
楽しみだ。
……いや、なんて最低な妄想をしてるんだ、僕。
あまりにも失礼すぎるだろう。
──しかし。内心では反省しつつも、まだ見ぬ駄目女との邂逅の予感に僕の心は昂り、その日は書店に寄って初心者用の麻雀の本を買いあさったのであった。
……いや。あまりにも自分の性癖に正直すぎる。
でも、僕が一番好きなのは榊さんですからね?
と、誰に言うでもない言い訳を考える僕なのであった。
〇
その日の夜。家で麻雀本を熟読していると。
「……お前。なんでそんなやる気なんだ?」
僕の隣に座る榊さんの訝し気な視線が僕を刺した。
「いや、榊さんが勉強しといてくれって言ってたので……」
「言ったけど、あまりにもやる気すぎねぇか?」
榊さんは、僕の周囲に散らばる麻雀本を見つめている。
僕が買った麻雀本は、計五冊ほど。
まあ確かに、明後日までに詰め込むには多すぎる量だとは思う。
榊さんは、じっと僕をねめつけながら。
「お前、ガトさんに気に入られようとか思ってる?」
「……」
その気持ちもゼロではない。
榊さんが仲のいい我藤さんとは、できれば僕も仲良くなりたいと思うから。
それを言葉で伝えようとすると。
「ああいう人が好きなのか?」
険のある榊さんの言葉が飛んできた。
「いや、そうじゃないです」
正直言うと、好きではある。
たった一日会っただけだが、それでも我藤さんの駄目女レベルは相当高かった。なにせ、あの榊さんにお金を借りるくらいなのだから。
高価な服で着飾った外見や、芸能人としてのオーラとのギャップを考えると、彼女の駄目女成分は、正直かなり、クる。
「──いたっ!?」
額に小さな痛みと衝撃を感じ、僕はその場で仰け反った。
目の前には、右手を軽く開いて僕を睨む榊さんの姿が。
たぶん、僕の額にデコピンをお見舞いしたのだろう。
「な、なんでデコピン……」
「だらしねぇ顔してたから」
榊さんは、腕を組んでそっぽを向いた。
わかりやすくキレているな。
バーで我藤さんに会ったときもそうだったが、まさかこの人……。
嫉妬、している?
「……お前、なんでニヤついてるんだよ」
「べ、別に?」
表情を見られないように、僕は開いた麻雀の解説本で顔の半分を隠した。
そのまま笑顔が治まるのを待ち、僕はゆっくりと本を閉じる。
「やっぱり、榊さんがルール教えてください」
「あ? なんでだよ。メンドイだろ。せっかく本買ったんだろ? それで勉強しろよ」
そう言いながらも、榊さんの口端は微かに緩んでいた。
見えない尻尾が揺れているのが目に見えるようだ。
「なんだか急に、榊さんに教えてもらいたくなったんです」
これは、僕の本音。
本を読んでじっくり勉強するより、榊さんと一緒に学んだ方が楽しく学べると思ったのだ。
……それと。なんだか寂しそうにしている彼女に構ってあげたくなったといのもあるが、これは秘密にしておこう。
「ふーん。……でも、本はいいのか? せっかく買ったんだろ」
「まあ、この本は打ちながら役を見るのにでも使いますよ」
「あ、そう」
榊さんは中空を見やりながら、自身の前髪を指でくるくると弄んでいる。
「じゃあ、軽くルール教えるからあたしの部屋いくぞ。押し入れに、ボロい雀卓があっから」
「あ、はいっ」
急に立ち上がった榊さんを、僕は急いで追いかけた。
その日。僕は榊さんにみっちり麻雀のルールを教え込まれたのであった。
それでも、一夜漬けではさすがに無理があった。
だから僕は、基本的なルールをなんとなく理解できただけであった。
だが榊さんは、「最初はそんなもんだろ」と僕を肯定してくれた。
〇
次の日。つまり金曜日。
僕は、できるだけ麻雀知識を頭に詰め込むことに徹した。
榊さんに教えてもらいながらネットで麻雀を打ったりもしたが、やはりなかなか難しかった。
ちなみに、榊さんは本日ジャージメイド服姿で出勤したようなのだが、いつもよりも声をかけられたり写真を取られる頻度が多かったらしく、家に帰るなりこう言っていた。
「めんどいから、外ではいつものメイド服着ることにするわ」
ということで、榊さんのジャージメイド姿は家限定となった。
これはなにも、家ではいつものメイド服を着なくなるというわけではなく、ジャージメイドが服装のレパートリーの一つになっただけ、ということらしい。
〇
そして、約束の土曜日はすぐに訪れた。




