上目遣いプリーズ
ということで。
僕は、榊さんの脱ぎたてのジャージメイドを着ることになってしまったのだった。
本当になんで?
「んじゃー、よろしくなぁ」
榊さんが僕の目の前で意気揚々とジャージメイドを脱ぎ出したため、さすがに目を逸らした。
数秒後。なんだか生温かい風とともに、僕の頭に布が被せられた。榊さんが、脱いだジャージメイド服を僕に向かって投げたのだろう。
「匂い、嗅いでいいぞ」
「……ぐっ!?」
嗅がないように鼻摘まんだところのに!
「か、かかか嗅ぎませんよッ!?」
「掃除しながらずっと着てたから、お前の好きなくっせぇ臭いするかもな?」
どんな誘惑なんだよ!?
「嗅ぎません! できるだけ嗅がないようにしてます!」
「ふーん? ……おい。もうこっち見ていいぞ。いつものメイド服着たから」
言われて目を開ける。僕の目の前には、見慣れたクラシカルなメイド服を着た榊さんが立っていた。
やはり、榊さんといえばこの服装が一番しっくりくる。
「じゃあ、横向いといてやるから着替えヨロ」
「……」
「手伝ってやろうか?」
「大丈夫です!」
ヤケになった僕は、その場でさっさとジャージメイドに着替えてしまうことにした。
こんな誰得イベント、さっさと終わらせてしまおう。
引き延ばすほどに恥ずかしくなるのは分かり切っているのだから。
さっと今着ている服を脱ぎ、なるべく無心を装ってジャージメイドに袖を通した。
先ほどまで榊さんが着ていたからだろう、生々しい彼女の体温を感じ、しばらく硬直してしまった。
まるで、榊さんに包まれているみたいだ。
なんてキモイことを考えかけた自分は脳内で殴っておく。
十秒ほどでジャージメイドを着終わった。僕と榊さんの身長はほとんど同じだから、サイズ感はぴったりであった。
自分の視界に、かわいらしいフリルや普段は絶対身に付けないパステルカラーが映っている状況、非常に落ち着かない。
「どーだ? ちゃんと着れたか?」
「い、一応、着れましたけど……」
「お」
榊さんの声のトーンが上がった。
「なら、お手並み拝見だな」
そうして、榊さんがこちらに体を向ける。その顔には、ありありと期待の色が浮かんでいた。
「ど、どスか……」
全身羞恥の色で染める僕を見て、榊さんはこう溢した。
「おお……」
おお?
どの感情の「おお」なんだ?
榊さんは真顔で、ジャージメイドを着た僕のことを舐め回すように見ていた。
笑い飛ばすでもなく、引くでもなく、キモがるでもなく、褒めるでもなく。
終始、真顔。
いや、せめてなにか言ってくれよ。
感想なしが一番辛いのだが。
震えながら榊さんの視線に耐えること、数十秒。
榊さんは、腕を組みながらこう言うのであった。
「なんか、普通にちょっとかわいくてあんま面白くねぇ」
「着がいがねぇな」
ジャージメイドを脱ぎ捨てたくなった。
「いや、そんな……。かわいいわけないでしょう」
「んや、結構かわいいぜ。お前、こういうカッコ似合うんじゃね」
いい加減なことを言っているようにも、僕を馬鹿にしている風にも聞こえない。
榊さんが僕をいじるときはわかりやすく顔に出るが、今はいつもの気だるげな顔だ。
彼女の好みというか他人への美的センス、どうなっているのだろう。
榊さんは、ちらと僕の顔を窺いながらスマホを構えた。
「スマン。かわいいから写真撮っていいか?」
「──駄」
目と言おうとして、僕はその言葉をすぐに飲み込んだ。
写真を撮るのは、僕がいつも彼女に対してしていることだからだ。
それに榊さん公認とはいえ、僕は榊さん専用フォルダを作るという激キモな行為もしている。
そんな僕が、榊さんの提案を断れるはずがない。
「……さっさと終わらせてください」
だから僕は、小刻みに震えながら顔を上げ、こちらに向けられた榊さんのカメラに視線をやった。
恥ずかしさで、痛いほどに心臓が鳴っている。
「うお……。公太郎の赤面ジャージメイド、キクなぁ」
なんて、意味不明なことを言いながら榊さんはシャッターを切る。
「公太郎、ピースしてくれ」
「はい」
パシャリ。
「公太郎。今度はダブルピース」
「はい」
パシャリ。
僕は、意思のない操り人形になることに徹した。
もう、なんでもいい。
なんでもいいから、早くこの時間が終わってほしい。
従順に彼女の指示に従っていると、榊さんの指示がどんどんエスカレートしていった。
「公太郎。萌え袖してくれ」
「はい」
パシャリ。
「公太郎。髪結んでいいか?」
「はい」
パシャリ。
「公太郎。上目遣いプリーズ」
「はい」
パシャリ。
「公太郎。軽く化粧してみていいか?」
「はい」
パシャリ。
「公太郎。上気した顔で媚びるようにこっちを見上げたまま誘うように服をちょっとたくし上げて腹筋見せてくれ」
「おい」
この指示にはさすがに従えず、僕は榊さんの脳天に優しくチョップした。
「駄目だったか。ちょっとずつ洗脳してこうかと思ってたんだけどな」
「無理だろ」
いや、ちょっと洗脳されかけてたけども。
まあたぶん、洗脳というのは冗談で、本気で言っているわけではないのだろうが。
ということで、僕の撮影タイムは終わった。
榊さんは、今しがた撮った僕の写真をじっと見つめている。
「なぁ。せっかくだし一緒に撮らねぇ? オソロのメイドコーデだしさ」
その言葉に、ジャージメイドを脱ごうとしている僕の手が止まる。
「……まあ、いいですけど」
二人の写真は、なんならソロよりも恥ずかしさが軽減されるだろう。
「ん。じゃあ近く寄れ」
言われた通り、僕は榊さんに身を寄せる。
彼女は右手でスマホを構え、左手でピースを作っている。僕も真似してダブルピースを作ってみた。
「撮んぞー」
パシャリ。パシャリ。
あ、目瞑っちゃったかも。
撮った写真を二人で確認する。
そこには、真顔でピースをするメイド服姿の榊さんと、控えめにダブルピースをするジャージメイド姿の僕が映っていた。
やはり、客観的に見ても僕は自分の顔がかわいいとは思わないし、ジャージメイドが似合っているとも思わない。隣に、バチイケ顔面の榊さんがいるからというのも勿論あるのだろうが。
そんなことを思う僕とは裏腹に、榊さんはその写真を宝物のように見つめていた。
「なぁ。これ、あたしの待ち受けにしていーか?」
「……」
正直恥ずかしかったが、以前ビルの屋上で撮った榊さんの喫煙写真を待ち受けにしている僕に拒否権はないだろう。
「まあ、いいですよ。個人で楽しむ範囲なら」
「ふは。やりぃ」
無邪気に微笑みながら、榊さんはその写真をその場で待ち受けにしていた。
榊さんのバキバキ画面のスマホの中で、僕たちが綺麗に収まっている。いやなんか、不穏な演出みたいでちょっと嫌だな、これ。
まあ、冗談は置いておいて。
「……あの。今の写真、一応僕にも送っておいてください」
「ん? なんだよ。お前も気に入ったのか?」
ここぞとばかりにニヤケ面を披露する榊さん。
「じゃなくて。思い出ですよ、思い出」
「はいはい。送っとくわ」
そのツーショット写真は、すぐに榊さんから送られてきた。
一瞬、僕も自分のスマホの待ち受けにしようと思ったが、待ち受けをお揃いにするのはさすがにキモすぎるかなと思ったので、やめたのだった。




