たぶん、あたしよかお前の方が似合うから
適度に休憩を挟みながら、ゴミを捨てたり水回りの掃除をしていたら、いつの間にか夕方になっていた。
「あんがと。かなり綺麗になったな」
榊さんが着ているジャージメイドは、かなり汚れてしまっていた。
「いえいえ」
改めて部屋を見渡す。。
現在、この部屋の床にはゴミは一つも落ちていない。なんなら今は、僕の部屋よりも物が少ないからかなり広く思えるほどだ。
「今日はこんくらいにしとくか」
「そうですね」
頷いた後、僕はこんな提案をした。
「せっかく榊さんの部屋に遊びにきたのに掃除だけというのもあれですし、今日はここでご飯食べません?」
榊さんは、口をあんぐりと開けた。
「別にいいけどさ。あたしが言うのもあれだけど、さっきまでクソ汚かった部屋でよくメシなんか食おうと思うな、お前」
「本当に、榊さんが言うのはあれだな」
一週間前まではこの部屋でご飯食べてたんだろ。今日ほど臭くはなかったのかもしれないが。
「大丈夫です。今日は、愛しの汚部屋に思いを馳せたい気分なので」
「ふーん」
榊さんは、真顔で少しだけ首を横に傾ける。
「キモイな」
罵倒という風でもなく、素でキモがられてしまった。
〇
小さなちゃぶ台の上に乗った二枚のピザが、食欲を刺激する匂いを放っている。
掃除をしたお礼ということで、榊さんが宅配ピザを奢ってくれたのだ。
なんだか最近、驕られてばかりで申し訳ない。
「榊さん、給料入ってからお金使いまくってますけど大丈夫ですか?」
「んー」
榊さんは、虚空を見つめてこう言った。
「パチスロで増やしてくるわ」
全然大丈夫そうじゃなかった。
「ピザ代、半分出しますよ?」
「いや、いいって。これはあたしのお礼の気持ちだから。あと、初日の恩返しでもある」
榊さんと出会った日、僕がピザを奢ったことを言っているのだろう。でも、その分のお金もう渡してもらったけどな。
色々思うところはあったが、ここは素直に彼女の厚意を受け取ることにしよう。榊さん、頑固なところがあるしな。絶対折れないだろう。
榊さんが、冷蔵庫を漁りながら声をかけてきた。
「公太郎、コーラ飲むかー?」
「コーラあるんですか?」
「ああ。ウィスキーをコーラで割ると結構美味いんだぜ」
榊さんの手には、コーラのペットボトルと、大きめの紙コップが二つ握られていた。
「へぇー。じゃあ、いただきます。勿論ウィスキー抜きで」
「あいよっ」
僕は、ちゃぶ台の傍に座って待つことにした。
榊さんは、冷蔵庫の上に置いた二つの紙コップに氷を入れ、片方にドボドボとウィスキーを流し込む。
そして、二つのコップに雑にコーラをぶち込んでいく。黒い液体がめちゃくちゃ飛び跳ねているが、彼女は全く気にしていない。
「おまっとさん」
ちゃぶ台に二つの紙コップを置き、榊さんが僕の正面に腰を下ろした。
「公太郎はこっちな」
榊さんが、コーラが入った紙コップを渡してくれた。よくある小さなサイズではなく、オレンジの縦線が入った大きめサイズの紙コップだ。小さい紙コップだと、榊さん的には物足りないからであろうか。
「間違ってあたしの方飲むなよ? 普段酒飲まないキャラが事故で酔っちまうっていう、ベタな展開になっちまうからな」
「気を付けます」
「じゃ、乾杯。今日はありがとな」
「はい。乾杯」
僕たちは、コーラと──榊さんが飲んでいる物はコークハイというらしい──で、熱々のピザを体に流し込んだ。
一日体を動かした後に摂取するピザと冷えたコーラは、控えめに言って最高であった。
〇
三十分ほどで、ピザは食べ終わってしまった。
榊さんは、「ちょっち足りねぇな」と言い、ツナ缶にマヨをぶち込み、それをツマミにハイボールを飲んでいた。
テレビを流し見しながら、僕は榊さんの晩酌に付き合った。いつも通り、本当にくだらない話をしながら。
気付けば、夜も大分更けていた。もうすぐで、日付が変わりそうだ。
榊さんの目は、少しトロンとしていた。これで、やっとほろ酔いといったところだろうか。ピザにテンションが上がってガバガバ飲んでいたから、さもありなんという感じだ。
榊さんはその緩い目を、自身のジャージメイド服に送る。そして、今度は僕を見る。
「どうしたんです?」
彼女の綺麗な目が蠱惑的に細められ、まとわりつくかのような視線を僕の顔に送ってくる。
「お前、ジャージメイド着てみろ」
「は!?」
急になにを言い出すんだこの人は。
ほろ酔いどころではなかったのかもしれない。
しかし、相手が酔っているとはいえ、さすがにそんなめちゃくちゃな提案は承服しかねる。
「しかも、あたしの脱ぎたてを」
榊さんは少し舌を出しながら、ジャージメイドの襟の辺りを掴んで前後に揺らしてみせた。
「えぇ……」
ジャージメイドを着るだけでもハードルが高いのに?
苦しむ僕を、榊さんは嬉しそうに観察していた。
「どうして急にそんなことを?」
「たぶん、あたしよかお前の方が似合うから」
「そんなことはないかと」
「いけるいける。お前、かわいい顔してるし」
それ、榊さんからしか言われたことないんだけどな。
さては、酔ってテンション上がってるな、この人。
「でも、さすがに恥ずかしいといいますか」
「嫌か?」
「え、ええっと」
榊さんは、演技にも見えるほどに露骨にしょんぼりと肩を落としていた。
なんでそんなに僕にジャージメイドを着てほしいんだよ。
僕は、そこでハッとした。
これ、以前と立場が逆になっている。
僕は僕で、榊さんに無理やりジャージメイドを着てもらったようなものじゃないか。
動きやすかったらしく今は気に入っているようだが、榊さん、最初はかなり着るのを躊躇していたよな。
僕がその考えに思い至ったことに感づいたのだろう。榊さんは、罵倒されたときの僕くらい口角を上げていた。
なんてクレバーな人だ。
立場的に僕が断り辛いことを知っていて提案したな?
「公太郎が着てほしいっていうから、あたしは着てやったんだけどなー。公太郎のためになー。あたしも公太郎に着てほしいなー。ジャージメイドなー」
「……ぐ、うぅ」
気だるげな声で言いながら、榊さんはちらちらと僕に視線を送ってくる。
僕は、この提案を断れる立場にいない。
いや、冷静に考えれば、いつもメイド服の榊さんがジャージメイドを着るのと僕がジャージメイド服を着るのはハードルの高さが違いすぎる気もするが。
まあ、それはそれ。
榊さんだって、自分では似合わないと言いながらも、僕の頼みだからと着てくれたのだ。
それに、ここで断ると今後榊さんがジャージメイド服を着てくれなくなる可能性だってあるだろう。それだけは、絶対に嫌だ。
……。これは、負けだな。
最初から、僕は榊さんに負けていたのだ。
クソっ。なんでこんなことに……。
まさか、このことを見越して榊さんはジャージメイドを着てくれた? ……いや、絶対そこまで考えてないな。
決心を固め、震えながら僕は声を溢した。
「わ、わかりました。き、着ますよ、ジャージメイド……」
真っ赤になって震える僕を、真面目な顔で見据える榊さん。
「公太郎……」
そして彼女はクールに言うのだ。
「お前、エロいな」
なんなんだよこの酔っ払い。




