乱雑に脱ぎ捨てられたメイド服という現象
榊さんの部屋は本当に汚いし、臭かった。
食べかけの弁当やお菓子が普通に床に放置してあったし、飲みかけの牛乳パックがちゃぶ台の上に常温で置かれているのを見たときは、さすがの僕も興奮の前にドン引いてしまった。
匂いの原因、ほぼこの牛乳じゃないか?
ちなみに、部屋の匂いについては二人ともマスクを着用することで対策した。ほんの少しだけマシになった。
いや、匂い対策が必要な部屋ってなに?
榊さんの部屋は、本当に足の踏み場がない。空き缶や空の酒瓶が普通に床の上に放置されている。
それらが山積し、ゴミの摩天楼がそこかしこに建設されている。最悪だ。
なかには、脱ぎ捨てられたままのメイド服なんかもあった。
雑に投げ出されたメイド服は、メイド服の元の清潔で清廉なイメージからかけ離れていて、どこか扇情的にさえも思えた。
そのメイド服に目を奪われていたところ、榊さんが白けた目を僕に送ってきた。
「お前、もうメイド服だけでも興奮できるレベルに達したのか?」
「いやこれは、榊さんが脱いだメイド服に興奮しているわけじゃなくてですね。榊さんの手によって乱雑に脱ぎ捨てられたメイド服という現象に興奮しているだけですから」
「よりキショいわ」
榊さんの罵倒に喜びながら、漫画雑誌や謎のチラシを避けて前に進んでいく。
なんかこれ、草をかきわけて進む森の中にいる気分だな……。
そして僕は、部屋の隅にとあるものを見つけた。
「ん?」
床からなにかが直立していたのだ。
目を細めてそれを凝視する。
そして、その正体を知ったとき。
──僕は、膝から崩れ落ちた。
「は……?」
キノコ。
キノコである。
普通に、床から小さなキノコが生えていたのだ。
ぴょこりと、二本ほど。
「あ、ありえない……」
……はは。
なんだかもう、笑えてきた。
この駄メイド、僕の想像の範疇を優に飛び越えてくる。
僕の背後から首を伸ばし、榊さんもキノコの存在を確認したようだ。
「あー。この辺、結構湿気るからなー」
そういう問題じゃないだろ。
「生えてたのには気付いてたけど、メンドイから放置してたわ。自家栽培だな」
こんなカスみたいな自家栽培があってたまるか。
「食えるのかな」
「絶対にやめておきましょう」
本気なのかボケなのか、ギリギリわからなくて怖い。
僕がそのキノコをゴミ袋に投げ入れようとすると、榊さんがなぜか愛おしそうな視線をキノコに向けていることに気が付いた。
「捨てますよ?」
「うーん、なんだか名残惜しいな」
なんでちょっと寂しそうな目してんだよ。
後ろ髪を引かれる榊さんはかわいかったが、家に生えるキノコは普通に怖いので捨てさせてもらった。
「公太郎的に、部屋にキノコが生えてる女ってどうなんだ」
「最高と最悪が半々で、ちょい最悪が勝ちます」
〇
榊さんの部屋は物が多かった。
いや、違う。ゴミが多かった。
というか、部屋の中にあるもののほとんどがゴミである。
なんなんだよこの部屋。
皮肉ではなく、本当に素晴らしいと思う。
僕的にポイントの高いこの汚部屋を綺麗にするのは少し惜しかったが、このままというわけにもいかない。
とりあえず僕らは、ゴミ袋にひたすらゴミを詰め込んでいった。これを繰り返すだけでかなり綺麗になるはずだ。
「榊さん、これ捨てていいですか?」
なにか、重要そうな書類だ。
「いいぜ」
「榊さん、これ捨てていいですか?」
床に落ちていた使い終わりそうな化粧品だ。アイシャドウだろうか?
「いいぜ」
「榊さん、これ──」
「いいぜ」
こちらを見る事もなく、食い気味に言われた。僕は、未開封の謎の雑誌の謎の付録をゴミ袋にぶちこんだ。
「逆に、捨ててほしくないものはなんですか?」
「別にない。飲みかけの酒瓶とかだけ置いといてくれれば」
ということで、僕たちはひたすらゴミをゴミ袋に詰め込んでいく作業を繰り返した。
〇
ゴミを捨て続けること、約二時間。
榊さんの部屋は見違えるほどにすっきりした。それに、匂いもほとんどなくなった。やはり匂いの原因は放置されていたゴミだったようだ。
元々服も家具も少ない部屋だったから、退去の準備は掃除だけで済みそうだ。
榊さんは、綺麗になった部屋を見てなぜか少しだけショックを受けていた。
「どうしたんです?」
「いや」
彼女は、達観したような表情で言葉を吐く。
「あたしの部屋、ゴミしかなかったんだなって……」
「……」
どこか哀愁のあるその台詞に、なぜか僕までしんみりとしてしまったのであった。




