気色悪
榊さんがジャージメイドを着てくれた、次の日の朝。
昨日の夜は、榊さんは僕のベッドに潜り込んでこなかったので、彼女は敷布団で、ジャージメイド姿のまま寝ている。
確か、榊さんは今日休みと言っていたはず。疲れているかもしれないしそのまま寝かせておこう。
ベッドから起き上がる前に、スマホを起動した。
教授から、『体調不良のため今日のゼミは休講にします。ごめんなさい』というメッセージがゼミのグループLINEに届いていた。
僕の本日の講義は、ゼミだけだ。
つまり。
「丸一日休みになっちゃったな……」
〇
遅れて目を覚ました榊さんと、まったりと朝ご飯を食べた。
今日は、納豆ご飯とインスタントの味噌汁だ。
テーブルを挟んで向かい合い、二人してもそもそと口を動かす。
目の前の榊さんは、眠そうな半眼でずぞずぞと納豆ご飯を食べている。
メイド服で納豆ご飯を食べる姿もシュールだろうが、ジャージメイド姿は更にシュールな気がする。この姿で納豆ご飯を食べるの、榊さん以外にいるのだろうか。
「めっちゃゆっくりしてるな。ガッコは?」
「ゼミが休講になったので、全休になりました」
「ほーん。じゃあ二人とも休みか。なんする?」
「そうですねぇ」
全休というのは初めての経験だから、すぐには案が出てこなかった。
「たまには一人になりたかったら、あたしが家空けるけど?」
「榊さんとは一緒にいたいです。せっかく二人とも休みなので」
食い気味にそう断言すると、榊さんは面食らっていた。そして数秒後、少しだけ恥ずかしそうに視線を横にずらした。
「あ、すみません。榊さんが一人になりたかったら、全然僕どっかいきますんで」
「は? 誰が一人になりたいって言ったよ?」
睨まれた。
なんでちょっとキレてんだよ。
「じゃあ、今日はイベントを消化する日にするか」
「イベント?」
「色々溜まってるだろ? あたしん家に公太郎を招待するのとか、お前の実家に顔出しにいくのとか。あたしの友達を公太郎に紹介するのとか。擬人化したら一番かわいい四字熟語はなにか議論するとか」
「そういえばそうでしたね。最後のは初耳ですけど」
擬人化して一番かわいい四字熟語は曖昧模糊に決まってるだろ。
まあ、この話は今度するとして。
「じゃあ、今日はイベントを一つ消化しましょう。でも、当日に他の人間を巻き込むのはあまり現実的ではないので、今日は榊さんの部屋にいくことにしませんか? 退去前の掃除もしておきたいですし」
「お? いいぜ。掃除、手伝ってくれんの?」
「そりゃ、勿論」
ということで、今日の予定はあっさり決まったのであった。
しかし、榊さんの部屋か……。
一体どれくらい汚いのだろうか。
想像するだけで僕の口角は、天井に届きそうなほどの勢いで上を向いてしまったのだ。
「キショ」
そして、流れるように罵倒されてしまった。
〇
両手に掃除道具一式を持って、僕たちは今榊さんの部屋──202号室の前にいる。
ちなみに、榊さんは今もジャージメイド姿だ。「掃除するならジャージの方がいいだろ?」と本人は言っていた。
いや、掃除するならいつものクラシカルなメイド姿じゃないか? とは思ったが、動きやすさを優先すれば確かにジャージメイドに分があるのかもしれない。
榊さんが、大家さんから授かった鍵で玄関を開けた。
「ん。どぞ」
「おじゃまします」
榊さんに続いて、僕は彼女の部屋に足を踏み入れた。
扉を閉めた瞬間──。
「!?」
──馬鹿みたいな異臭が僕の鼻孔を殴り飛ばした。
「……臭汚っっ!?」
思わず、自分の鼻を手で覆ってその場にしゃがみこんでしまった。
鼻がッ! 鼻がヘし曲がりそうだッッ!
なんだ? 僕は、知らない内に地獄への門を開いてしまったのか!?
そう思ってしまうほどに、榊さんの部屋が発する匂いは常軌を逸していた。
生き物の臭さ、食物の臭さ、腐敗等の現象としての臭さ。様々な異臭が僕の鼻を抱きしめてはなさないッ!
匂いだけではない。榊さんの部屋は足の踏み場が全くといっていいほどなかった。
玄関に置かれた無数の折れた傘。置きっぱなしにされたピザ等のチラシ類。向きが全く揃っていない靴。投げ出された謎のPTPシート──錠剤の成れの果てまで。
「さすがのあたしも逃げ出したくなる臭さだな。一週間放置してたから、なんか腐ってんのか?」
結構余裕がありそうな榊さんに反して、僕は咳き込み、次第に息が荒くなっていった。
な、なんて部屋なんだ。
破壊力が高すぎる……ッ!
「はぁ、はぁ……。ゴホッ!」
「おい。大丈夫か?」
心配そうに、榊さんが僕の顔を覗き込む。
「? お前……」
そして、榊さんの眉が怪訝そうに内に寄った。
「なんで笑ってんだ?」
「……」
僕は、自分の心臓を服の上から掴みながらなんとか立ち上がる。
そして、真剣な顔貌で言い放つ。
「──いや、榊さんの部屋が僕の性癖にドンズバだったからに決まってるでしょ」
ちなみに、息が荒いのは普通に興奮しているからだ。
榊さんは数秒の沈黙を守った後、部屋のゴミに送る目と同じような目を僕に送ってくれた。
「気色悪」
ありがとうございます。




