ジャ、ジャージメイドだって!?
大学で榊さんと会った日の夜のこと。
「あがったぞー」
体から蒸気を発する、見栄えだけは健康的に見える榊さんがリビングに現れた。
風呂上りの榊さんは、いつも通り僕のシャツとジャージの下を着用していた。もうこの姿にも慣れてきた。
というか僕は、榊さんの服装のパターンをこれとメイド服の二パターンしか知らない。
僕の部屋は洗面台を出たすぐ目の前に冷蔵庫が置いてある。榊さんは、小さく鼻歌を歌いながら冷蔵庫を漁り、缶チューハイを取り出していた。
そんな榊さんの姿を、僕はじっと見つめていた。
なぜだかはわからないが、なにかアイデアの欠片のようなものが浮かびそうな気配がある。
メイド……。ジャージ……。
うーん。思いつきそうで、思いつかない。
いやこれは、思いつくというよりは、なにかを思い出そうとしているのか?
試しに、声に出してみる。
「メイド……ジャージ……メイド……」
「怖……」
榊さんはチューハイを開けながら、呪詛を唱える僕を見てドン引きしていた。
チューハイで喉を潤してから、榊さんが声をかけてくる。
「なんだ? ジャージメイドがどうしたんだよ?」
「ッ!」
鋭い稲光が、僕の脳内を貫いた。
ジャ、ジャージメイドだって!?
「それだっ!」
「うおっ!?」
急に発せられた僕の大声に、榊さんの体が跳ねる。
「それですよそれ!」
「はぁ~? 急にどうしたんだよ」
「ジャージメイドですよ!」
「だからなにがだよっ!?」
──ジャージメイド。
それは、いつ頃からか急に現れ、なぜかネットのオタクたちの共通の知識となっている概念。
ジャージ(なぜか青系が多い)にフリルエプロン等を合わせ、ジャージとメイド服を融合させたような謎の服装のことである。
「榊さん! あなたは毎日メイド服を着てますよね? でも、年がら年中メイド服を着ていると動きづらかったり暑かったり寒かったりと不便でしょう」
「急に早口になったな」
「はい、それ禁止カード」
榊さんの発言をとがめ、僕は続ける。
「そこで、ジャージメイドですよ」
ずいと顔を近づけると、近づけた分だけ榊さんが首を後ろに伸ばした。
「ジャージメイドだと、普通のメイド服よりも動きやすいですし、普段着にもちょうどよくないですか?」
「普段着にはちょうどよくないだろ」
「普段着にメイド服着てる人がなに言ってんだよ」
「確かに」
納得するのかよ。
いやたぶんこれ、急に納得するというボケだ。
「でもなぁ」
榊さんは腕を組み、眉を曇らせている。
「ジャージメイドってちょっと、邪道感ねぇか?」
「あ、結構そういうところは気にするんですね」
「一応な」
腕を組んで職人のような顔をする榊さん。
「それに、あたしがジャージメイド着てるところ想像してみろよ」
「似合わないかもとか思ってるんですか?」
「それもあるけど、その」
なにやらごにょごにょと口を動かしながら、やがて榊さんは小さく言う。
「……あたしが着ると、ちょっと、キツくないか?」
僕は、すぐにこう断言した。
「そのキツさがいいんじゃないですか」
「キショ……」
榊さんは、自分の身を抱いて僕から一歩分距離を置いた。
普通にドン引きされてしまった。嬉しい。
「まあでも、確かに動きやすいにこしたことはないよなぁ。家の中でくらいジャージメイドでもいいかもな」
僕に引きながらも、榊さんは意外とジャージメイドに乗り気であった。
家の中でくらいジャージメイドでもいいかもな、なんて、榊さん以外の口からは絶対に聞くことのない台詞だ。
「じゃあ、早速着てみましょうよ!」
「え~? もう夜だぜ。今からジャージ買いにいくのかよ」
榊さんは、みるからに怠そうだ。
「ジャージメイドって、ジャージさえあればいけるんですか?」
「んー。ジャージとメイド服が合体したやつもあるんだろうけど、簡易的なやつならジャージ着て、エプロン組み合わせればいけるんじゃね? 知らんけど」
そう言って、榊さんは手際よくエプロンを外してみせた。
「おお」
黒のワンピース姿となった榊さんは、いつもよりも凛々しさが増して、かっこよかった。
なんというか、こう、バトル漫画とかに出てくる戦うメイドさんって感じだ。
「あ、写真一枚もらっていいですか。エプロンなしの榊さん、レアなんで」
「話の進まんヤツだな。ま、いいけど」
スマホを構える僕に、榊さんは不愛想なピースを送ってくれた。
僕は、黒のワンピース姿の榊さんの写真を、榊さん秘蔵フォルダにぶち込んだ。
「んで、ジャージはどうすんだよ」
「薄い色のかわいい感じのやつは、今度買ってきます。今日は、僕が着てた高校時代のジャージで我慢してください。青色なので、ギリそれっぽくなるでしょう」
「なんでそんなにあたしがジャージメイドになることに前のめりなんだよ……」
物凄いスピードでタンスを漁る僕に、榊さんの呆れたような声が飛んでくる。
数分後、僕は高校時代に着用していたジャージをなんとか見つけ出した。たまに寝間着や部屋着として今も活用しているものだ。
市販のものではなく学校指定のものだから、胸の辺りに僕の名字が刺繍されているのは少しいただけないが。
「すみません。こんなものしかありませんでした」
色は、少し濃い目の青といった感じだ。
「んー、まあ、この色ならギリそれっぽくはなるんじゃね」
僕からジャージを受け取りながら、榊さんは胡乱な目をこちらに投げ掛けてくる。
そして、僕らはしばらく見つめ合った。
「おい。なんでそんな期待の籠った目してんだよ」
「それはもう、楽しみだからですよ!」
やばっ。今、期待で涎出そうになった。
「もしかしてお前、コスプレとか好きなのか?」
「え、なんで急に」
「いや、あたしが普段からメイド服着てるの肯定してるし。好きなのかなって。まあ、あたしのはコスプレとかじゃねぇけど」
「考えた事なかったですけど、どっちかといえば好きなんでしょうか。……あ、でも、メイド服は大好きですね」
メイド服を好きになったのは、恐らく榊さんと出会ってからなのだが、それは黙っておこう。
「ふーん」
呟きながら榊さんは、ジャージとエプロンとワンピースに交互に視線をやっていた。
「どうしたんです?」
「いや」
そして、冷めた目をこちらに向けてこう言うのだった。
「公太郎って、ヤるときにメイド服着てくれとか言いそうだよな」
……。
「確かに」
「いや、確かにじゃねぇよ」
榊さんの鋭いツッコミが僕の耳朶を打った。




