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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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あたしはレイヤーじゃねーっつの

 喫煙所は第四校舎のすぐ傍にある。カフェからは歩いて三分ほどの距離だ。


 (さかき)さんと飛野(ひの)さんとを引き連れ、喫煙所へと向かう。

 もう夕方も近いので、構内には学生の姿はまばらだ。


 歩きながら、飛野さんは初対面の榊さんに様々な質問をぶつけていた。

有馬(ありま)くんと同棲してるって、本当なんですか?」

「ホントホント」


「現役のメイドさんなんです?」

「メイド喫茶の、な。暇だったら店きて金落としてくれ」

 もそもそと、榊さんが懐からメイド喫茶の名刺を取り出し、飛野さんに手渡していた。


「いきますいきます! 有馬くんはいったことあるの?」

「うん。二度ほど。今度一緒にいく?」

「いく!」

「まいどあり」

 指で銭マークを作るな。


 そうこうしているうちに喫煙所に到着した。校舎を背にした、囲いもない簡素な喫煙所だ。

 僕たち以外には男性の二人組がいた。大人びて見えるから、三回生か四回生かもしれない。

 彼らは一瞬榊さんを見てぎょっとしたように目を剥いていた。だが、榊さんがあまりにも堂々としているからだろうか。それ以上はこちらを見ようとはしなかった。


 榊さんは校舎の壁に背を預けながら、慣れた手つきで煙草を吸い始めた。彼女の美しい顔貌(がんぼう)が、紫煙に煙る。

 榊さんの喫煙シーンはもう見慣れているのだが、大学で煙草を吸う榊さんはまた一味違って新鮮だ。


 僕は、榊さんに見惚れていた。たぶん、僕は今凄くだらしない顔をしているのだろう。

 飛野さんがなんだか静かだなと思い、横を見やる。

 飛野さんは、だらしない顔をしてくださいと監督に言われた新人俳優のような、大仰なだらしない顔を浮かべていた。


 そして彼女はこう呟く。

「顔がいい……」

 僕がもう一人いるのかと思った。


 そんな僕たちを見て、榊さんはため息とともに煙を吐き出す。

「ンだよ。(かなえ)も公太郎と同類かよ」

「ふぎゃっ!? 名前呼び!?」

 飛野さんがその場で飛び跳ねる。


「あたしはこうやって、若者にずっとエモ消費されてくんだろーな」

 ため息とともに煙を吐く榊さんを見て、飛野さんの顔色が青くなる。


「……あっ。スミマセン。お気を悪くされたようでしたら──」

 飛野さんが最後まで言う前に、榊さんが意地の悪い笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ飛野さん。あの人、からかってるだけだから」

「あ、そうなの!?」

「若者の焦った顔を見ながら摂取するヤニは格別だな」

 なんて趣味の悪いメイドなんだ。

 というか、あんたも十分若いだろ。


 そんなメイドに翻弄されながらも、飛野さんは果敢に榊さんに話しかける。

「あ、あのっ。榊さん、写真いいですか?」

「いいけど?」

 飛野さんの提案に、榊さんは煙草を吸いながら不愛想なピースをする。


「僕もいいですか?」

「お前はいつでも撮れるだろ。……ま、いいけど」

 僕と飛野さんは、様々な角度から榊さんを撮りまくった。

 榊さんはその度、怠そうにピースをしたり、軽くポーズを取ってくれたりする。たぶん、飛野さんへのサービスだろう。

 それでも決して笑顔を作らないところが実に榊さんらしい。


「僕の榊さんフォルダが潤う……」

 僕の言葉を聞き、飛野さんはうんうんと何度も頷いていた。


「私の変な人フォルダも潤うよ」

 変な人フォルダってなんだよ。


 僕は、榊さんを撮り続ける飛野さんに思わず声をかける。

「えっと……。飛野さんは、その……。変な人マニアなの?」

 自分で言っておいてあれだけど、変な人マニアってなに?


「おー、そうなのかな? そうなのかも! 私自身が無個性だから、個性のある人が大好きなんだぁ」

 無個性な人は、変な人を集めたフォルダを持たないと思うけど。


 そんな僕らの声が聞こえていたのだろう。榊さんが咳払いをして僕らの話を中断させた。

「お前ら、揃いも揃ってあたしをパンダ扱いしやがって……。まあ、あたしの画像は著作権フリーだから好きにすればいいけどよ」

 いいのかよ。


 それからも、僕と飛野さんのカメコ二人による榊さん撮影会はしばらく続いた。


 ──そして。それは、榊さんが一本目の煙草を吸い終わりそうになったときに起きた。


 僕らの近くにいた、二人組の男性が榊さんの方に近づいてきたのだ。

 その瞬間、僕は彼らに対して若干警戒心を強めた。こちらは、男が僕一人。なにかあれば僕が盾にならなければ。


 そんなことを考えていたら、二人の内の長髪の男性の方が榊さんにおずおずと声をかける。

「あの、俺らも写真いいスか」

「なんでだよ」

 榊さんが普通に突っ込んだ。


「あ、スンマセン。なんかのサークルの撮影会かなと思って。お姉さん、めっちゃ綺麗だし、ちょっと撮りたかったってだけっス」

 長髪の彼の口調はチャラ目だが、意外と礼儀正しく、悪い人ではなさそうだ。


「おー。そスか? ザス」

 榊さんは怠そうに頭を掻く。


「ん。ま、いいか。そンかし、撮ってもいいけど、よかったらあたしの店きてくれっス。それか、SNSでバズらせて店の宣伝ヨロしゃす」

 二人組に向けて、榊さんはメイド喫茶の名刺を渡す。


「あ、アザスっ!」

「ざすっ」

 もう一人の背の低い彼も礼を言い、頭を下げた。


 それからは、カメコ四人で榊さんを撮りまくった。

 榊さんは初め、僕らに向かって順番に視線を送ってくれていた。

 しかし、すぐに疲れてしまったようで。


「あたしはレイヤーじゃねーっつの……」

 ぶつくさと言いながら僕らを完全に無視して一人の世界に入り、ボケっとした顔でヤニを摂取していたのだった。


 撮影会が終わったあと、榊さんの魅力に脳をやられていた僕たち四人は正気に戻った。

 そして、彼女の憩いの時間を邪魔してしまったことを全員で誠心誠意謝った。


 榊さんは、「別にいいぜ。罪悪感あるんなら店に金落としにきてくれ」と、悪そうな顔で笑っていた。


   〇


 僕と榊さんと飛野さんの三人で、夕食にラーメンを食べた。


 そして、僕らのアパートに向かう岐路の前で飛野さんとは別れたのだった。


 榊さんは、去っていく飛野さんの背中をぼぅっと眺めている。

(かなえ)のやつさぁ」

「はい」

 一瞬だけ()を開けてから、榊さんが続けた。


「一般的な世間からの認識は『じゃない方芸人』なんだけど、お笑い好きからは『実はコンビのヤバイ方はこっち』。って思われてる、みたいな子だったな」

「……ふふ」


 榊さんの妙に頷ける例えに少し笑ってから、僕はこう付け足した。

「それ、飛野さんに直接言ってあげてください。彼女、めちゃくちゃ喜ぶと思いますよ」


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