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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
二章 駄メイドと送る同棲生活

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お前、駄目女なら誰でもいいのか?

 一時間ほど経ち、僕と(さかき)さんはバーをあとにすることにした。


 我藤(がとう)さんには、店を出る際に挨拶をした。彼女はもう少し一人で飲むと言っていた。

 彼女に背を向け、入り口の扉に手をかけようとすると。


「やべっ」

 という、我藤さんの声が背中から聞こえた。


 僕と榊さんが我藤さんの方に体を向けると、彼女は青ざめた顔で言った。

「財布、家に忘れてもーた……」

 えぇ……。


 困惑する僕をよそに、榊さんは表情を変えずに口を開く。

「またスか」

 また?

 まさか、よくあることなのだろうか?


「一万で足りますよね」

 榊さんは、慣れた手つきで我藤さんの手に一万円札を握らせる。


「ええんか? 榊」

「あたしへの借金一万追加です。返してくださいね」

「ホンマ、恩に着るわぁ。服売ってでも返すから」

「それ、いつも言ってますけど売ったことないっスよね」

「今回こそはホンマやからぁ~~」

 我藤さんは、後輩である榊さんにぺこぺこと頭を下げまくっていた。


 まさか、あの榊さんに金を借りる人がいるとは思わなかったから驚いた。

 我藤さんの先ほどまでの威厳やオーラは、全て吹き飛んでいた。


 そんな我藤さんの姿を見ていると、僕の体の奥に微かな熱のようなものが生じた。

 ……ん? 胸の辺りが湧き上がるような、この感覚はなんだ?


 いや、なんだもなにもない。

 僕の駄目女アンテナが、我藤さんの情けない姿に反応してしまっただけだ。


 表情を緩める僕を見て、榊さんは露骨にムッとした顔をして僕をじっと見据えていた。

 怖い。な、なんだろう……。


 再び我藤さんに別れを告げ、店の外に出る。

 冷たい夜風が鼻先を吹き抜けていった。


「あの人、いい服着てたろ? 服とかアクセとか好きなモンに金かけすぎて、いっつも金欠なんだ。そんで、色んな人に借金してる」

「ああ、そうなんで──」

 僕が言い終わる前に、榊さんに詰め寄られた。


「おい」

 榊さんが首を伸ばし、僕を超至近距離でねめつける。そして、真剣なトーンで言葉を飛ばす。


「お前、駄目女なら誰でもいいのか?」

 縮み上がってしまいそうになった。

 なんという眼力だろう。相手がゴルゴーンでも関係なく、ひと睨みで殺してしまいそうだ。


「い、いや、そんなことはっ」

「じゃあなんで、ガトさんに鼻の下伸ばしてんだ」

「えっと、その、我藤さんの情けない姿がかわいくて……」

「やっぱ誰でもいンじゃんか」

 僕から顔をはなし、榊さんはそっぽを向いてしまった。


 そして、彼女は早歩きでその場を去ろうとしてしまう。

 どんどん彼女の背が小さくなっていく。


「待ってください!」

 慌てて、彼女を追いかける。


「だっ、誰でもいいわけじゃありません」

 叫びながら、次の言葉を探す。


 そして、僕の口から出てきたのは──。


「だって、榊さんは特別ですから!」


 その声に、榊さんの足がぴたりと止まった。


 彼女は首だけを動かし、視界の端で僕を捉えた。

「……どの辺が特別なんだよ」

 榊さんの口端から、小さな声が漏れた。


「僕は……」

「……」

 榊さんは、黙って僕の言葉を待ってくれている。

 そんな彼女のために、正直な思いが零れ落ちていった。


「僕は、榊さんが駄目女だから()……好ましく思っているんじゃありません。いや、勿論、榊さんの駄目なところも好……好ましく思ってるんですが、そうじゃなくて。それはあなたの魅力の一つでしかないというか。むしろ、僕が榊さんを好……好ましく──」

「……ふッ」

 榊さんの、小さな笑い声が聞こえたような気がした。


 そして、榊さんが体ごと僕の方を向く。

 そんな彼女が(たずさ)えていた表情は、なぜか、勝ち誇ったような笑顔だった。


「お前、そこまで言うならもう好きって言えよな」

 微笑の混ざったその声に、僕の心は(たかぶ)ってしまうのだ。


「そ、それはまあ、あの、アレですからっ!」

「どれだよ」

「好きは好きですけど、別にその、変なアレじゃないですからね」

「はいはい。わーったよ」

 榊さんが目を線にしたのを見て、僕は少しだけ安心した。


   〇


「榊さん、ごちそうさまでした。ありがとうございました」

「ん。いいってことよ」


 夜風を浴びながら、二人で夜の街を歩く。

 ギラついたネオンが誘蛾灯のように輝き、街往く人を惑わしている。

 その喧騒とは反対に、僕の隣を歩く榊さんは大人しい。


 彼女の元気のピークは二件目までであった。

 三件目のバーでの榊さんは比較的落ち着いていて。

 バーを出たあとは僕のせいで少し不機嫌になり。


 そして今は。


「クソねみぃ……」

 クソ眠そうなのであった。


 瞼をこすりながら、大きな欠伸を繰り返している。じわじわと、酔いが回ってきたのであろうか。


「公太郎。もう一軒いこうぜぇ」

 まだ飲む気なのかこの人。


「明日は休みなんですか?」

「ゴリゴリ仕事」

「えぇ……」

 スマホで時間を確認する。今は二十二時過ぎだ。


「僕も明日は朝から講義がありますし、そろそろ帰りません?」

「真面目だなぁ。……頼む。もうちっとだけでいいから」

「うーん」

 まあ、家でならいいのかな? すぐに寝られるし。


「なら、なにかお酒買って家で飲みます?」

「それもいいなぁ」

「じゃあ、そうしましょう。タクシー呼ばなくても大丈夫そうですか?」

「だいじょぶ」

 榊さんの声は、いつもよりもかなりふにゃふにゃとしている。かわいい。


 とりあえず僕たちは、アパートから一番近いコンビニを目指して歩みを進めた。


 歩いていると、榊さんがやたらと僕にくっついてきた。

 軽く頭突きをしてきたり、僕の肩に頭を乗せてきたり。

 この人、酔うといつもより更にスキンシップが増えるんだよな。


 そんな彼女にどう反応すればいいのかわからなくて、僕は無視した。でも、当たり前のように僕の心臓は超フル稼働していた。


「榊さん。一緒にお酒飲んであげられなくてすみません。飲み相手が僕なんかで、楽しかったですか?」

「んー」

 榊さんが、僕の肩に顎を乗せる。


 そして、言葉を溢すために息を吐く。

 微かなアルコールの匂いが、僕の鼻先を弄ぶ。


「クソ楽しい」


 その瞬間、僕の心の中に星空が広がったような感覚があった。

 僕は、本物の夜空を見上げながらこう言った。


「僕もです」


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