我藤ちょこら
僕は、目の前の男性を改めて観察する。
長い金髪やスカジャン、サングラスといった派手なパーツが目立つ。だが、なんというかそれだけではなく、『持つ者』としてのオーラのようななにかを感じる。
そういえば彼のことをどこかで見たことがあると思ったのだが、深夜のネタ番組だ。見た目が特徴的だったから、脳の片隅に残っていたのだろう。
「榊。この子は?」
急に彼の目線が僕に飛び、僕は思わず居住まいを正した。
「コイツは、今、色々あってあたしと一緒に住んでます。有馬公太郎です」
榊さんの言葉のあと、僕は控えめに会釈をした。
「へぇ。ええな」
茶化す風でもなく、単純な疑問をぶつけるようなトーンで彼はこう言う。
「榊のカレシか?」
「カレっ……」
言葉を詰まらせ、咳き込む榊さん。
「いや、えと、違います。……まだ」
「え? 榊さん、今、『まだ』って……?」
「あっ」
僕の言葉に、榊さんがそっぽを向いてしまった。
「べ、別にっ、そういう変な意味じゃねぇから」
榊さんのうなじに赤が上り始める。
なんだか、僕まで恥ずかしくなってきた。
「なんやキミら、初心でかわええなぁ」
そんな僕らを見て、彼はケラケラと笑い声を転がしていた。
「よろしゅう、有馬くん。ウチは我藤。『我藤ちょこら』、ゆうモンです」
名前かわいっ。
「年は、こんなんでもニジューゴ。ちんちくりんやろ? よろしゅう」
僕は、我藤さんが差し出してきた手を握り返した。
「僕は有馬公太郎です。大学生です。珍しいお名前ですね」
「わは。キミ、天然かいな。ちょこらは芸名やねん。本名は、我藤妖子。ようは妖精のよう、な。芸名も本名もメルヘンやろ~」
「はい。……って」
妖子?
子?
改めて我藤さんの顔を見つめる。サングラスの奥で、我藤さんの目が優しく細められた。
「あ、女性の方……? ですか」
「ん。そうそう。男かと思った? よー間違われるから気にせんといてや」
我藤さんは僕の肩をバンバンと叩いてくる。力が強い。
「もしかして。榊のこと、ウチに取られるかもとか思た?」
「あ、いえ、えっと」
……正直、ちょっとだけ思ってました。
いやでも、女性同士だからといってなにもないとは限らないよな。
複雑そうに歪む僕の顔を見て、我藤さんは晴れやかな笑顔を見せた。
「わは! 別にウチと榊はなんにもないから安心しぃや? ただの友達友達」
「友達、なんですか?」
左にいる榊さんに目をやると、彼女は真顔で小さく頷いてみせた。
「我藤さんはあたしの友達で、先輩で、憧れの人」
「肩書き多いねン。別にただの友達でええやろ」
鬱陶しそうに、我藤さんは片手をひらひらと振った。
「ちなみに、ウチはめっちゃ榊のこと好きやねん。なんでって? 顔がええから!」
「面白いからって言ってください」
「わは! 拗ねた顔もかわええなぁ。オモロいところもちゃんと好きやって!」
顔を俯ける榊さんの背を、我藤さんが強く叩いた。
「また、舞姫も誘って一緒に麻雀打とな、榊」
「はい」
「そや。有馬くんは麻雀打てる?」
「僕ですか? やったことないですね」
「そかー。ウチらほぼ毎回三麻やから、もう一人打てる子ぉがおったら助かるんやけども」
「ガトさん。公太郎に変なこと教えようとしないでください」
「いや、あんたが言うか?」
我藤さんがいる前で、突っ込んでしまった。
まあ、最近は僕の方から榊さんの趣味を知ろうと首を突っ込んでいっている感は否めないが。
そして、それは今も。
「榊さんと我藤さんが好きなことなら、僕、興味ありますよ」
「お。ホンマ? キミ、なんや、かわえーなー。気に入ったわ」
バシリ。我藤さんの特大の平手が、今度は僕の背に飛んできた。
「じゃあ、気が向いたらでええし、勉強しといて」
「はい」
「ほな、ウチは隅っこの方で一人でしっぽり飲んどくわ。デートの邪魔んなるしな」
「デートじゃありません!」
「デートじゃありません!」
声が重なり、僕と榊さんはなんだかきまずくて同時に顔を伏せた。
「わはは! ホンマ仲ええなー。榊が元気ンなったようで嬉しいわ。これ、絶対有馬くんのおかげやな? ありがとーな、有馬くん」
「いや、僕はなにも」
「そか? まあ、また今度遊ぼなぁ。有馬くん」
「はい」
「榊。また連絡するさかい、元気でな」
「うす。ガトさんも、お元気で」
そうして我藤さんは、入り口の方の席まで歩いて腰を下ろしたのだった。
僕と榊さんの間に、久方ぶりの静寂が訪れる。
「もしかして、僕に会わせてくださるつもりだった友達って、我藤さんのことですか?」
「そう。その内の一人」
「なんだか、楽しい方ですね」
「だろ?」
なんというか、いるだけでその場を明るくさせるような、暖炉の火のような人であった。
やがて、僕と榊さんは同時にドリンクを飲み終わった。
「一緒に頼むか? 乾杯し直そうぜ」
「そうですね」
僕は、オレンジを使った爽やかそうなノンアルコールカクテル。榊さんは、シェイク? が必要な強い酒をマスターに頼んでいた。強い酒ばっかりだなこの人。
しばらくすると、マスターがドリンクを僕らのテーブルまで運んできてくれた。
僕のドリンクは既にグラスに入っていた。だが榊さんのカクテルは、僕らの目の前に置かれた逆三角型のカクテルグラスに、マスターの手でそのまま注がれた。
グラスの中が、少し濁ったホワイトの液体で満たされていく。ギムレット、というらしい。
僕らは、同時にグラスを傾ける。
「乾杯」
「乾杯」
ガラスの鳴る音を聞きながら僕は。
ずっとこの夜にいられたらいいなと、そう思った。




