うんめぇ~! 飲みやし~!
三軒目は、榊さんにオシャレなバーに連れていってもらった。榊さんが何度も訪れたことのあるバーで、彼女の憧れの先輩も好きな場所らしい。
酒が飲めない年齢の僕がいっていい場所なのかと心配していたが、ノンアルコールカクテルというものも頼めるのだという。
僕と榊さんはカウンターに隣り合って座っていた。榊さんは僕の左隣の席で、難しい名前のお酒をロックで飲んでいた。
榊さんが、ロックグラスを口に運び、琥珀色の液体を喉に流し込む。氷がグラスに触れる音が心地いい。
メイドがバーで酒を飲む姿はシュールではあるが、彼女の場合、なぜか様になる。
この人、安酒も似合うけどいい酒も似合うのずるいよな。
「榊さんすみません。写真、いいスか」
「ん? んー」
榊さんは、グラスを手に持ったまま空いた手でピース。顔は、真顔。それでも絵になる。
「あたしの写真なんて取って楽しいか?」
「めっちゃ目の保養になります」
「コスパいいなー、お前」
「榊さんフォルダがあります」
「キモいなー、お前」
ちなみに僕は、マリンブルー色の謎のノンアルコールカクテルを飲んでいる。味はなんというか、高級なジュースといった感じ。これ一杯で八百円もするらしい。味わって飲もう。
店内には、僕にはあまり馴染みのない民族的な曲が薄っすらとかけられており、非日常が演出されている。
カウンター内では、白い髭をたくわえた老齢の男性マスターが酒瓶が並んだ棚を背景にお酒を作り続けている。
僕らの他には二組のお客しかいなかったが、どうやらワンオペのようでマスターはちょっと忙しそうだ。
僕は、慣れないこの空間に少し緊張していた。
一軒目と二軒目は大衆的な居酒屋だったこともあり、榊さんと馬鹿な話ばかりしていた。
だが、ここはなんだか大人のムードが漂っており、そんな空気ではない。
どんな話をするべきだろうか。
無言のまま悩んでいると。
「なぁ」
ハスキーな榊さんの声と、彼女がグラスをコースターに置く音が重なった。
榊さんが、真剣な表情で僕を見ている。
うす暗い店内を照らす証明が、榊さんをいつもよりも更に妖艶に魅せている。
謎の緊張感が、僕の体を支配していた。
一体なにを言われてしまうのだろうか。
僕が身構えていると、榊さんが厳かに口を開いた。
「胸派か尻派かって、なんで定番の質問になってんだろうな?」
「……ふふ」
いつも通りの榊さんすぎて、笑いが口から飛び出てしまった。
こんなオシャレな空間にきてまでしてする話か? それ。
笑いをこらえる僕に、榊さんは困惑の目を向けてくる。
「あん? どした? 別にあたしはまだボケてねぇぞ?」
「い、いや……。榊さんだなぁって思っただけです」
「あンだよそれ」
どこにいても、なにをしていても。
榊さんは榊さんだ。
彼女は自分を飾らない。
そんな榊さんが、僕は好きなのだ。
「えっと。すみません。胸派か尻派かがなんで定番の質問になってるのか、でしたっけ」
「おう。部位だけでも、もっと色んなフェチな部分があるし、胸と尻ってそんなに釣り合ってなくねぇか?」
「まあ、胸の定番具合に比べると、お尻はちょっと異端感はありますよね」
いや、真面目な顔でなにを言ってるんだ、僕は。
「だよなぁ。ちなみにだから訊いとくけど、公太郎はどっち派だ?」
「僕は──」
言いかけて、僕はサッと榊さんから視線を彼方に逸らした。危ない。凄い失礼な視線を女性に送ってしまうところだった。
「まあ、胸だよな。お前は」
「……」
めっちゃバレていた。
この人、マジでなんでわかるんだよ。
榊さんに性癖を当てられるの、本当に恥ずかしいからやめてほしい。
榊さんは、頭を抱える僕を覗き込むように顔を近づけてくる。
めちゃくちゃニヤケ面であった。クソが。
「公太郎はおっぱい星人、と……」
「ちょ、僕の性癖をスマホにメモするのやめてくださいって」
星人ってほど、めちゃくちゃ好きなわけでもないし。
「楽しいなぁ。気分がいいから、今日はたくさん飲むか」
「もう十分飲んでますけどね」
榊さんがロックグラスを一口で空にした。
「マスター。なんか強い酒頼んます」
「どんなのがいいですか? シェイクはする?」
洗い物をしながら、マスターが榊さんの注文に対応する。
「んー。ショートよかロングの気分」
「じゃあ、ロングアイランドアイスティーとかは?」
「あ。いいスね。それで」
「はいはい」
「どんなお酒なんですか?」
「なんかめっちゃ色んな酒混ぜて、紅茶っぽい味を再現したヤバくてウメー酒」
「へぇ」
なんだかよくわからないが、凄そうなお酒だ。
当たり前だが、この世にはまだ僕の知らない世界が無限に広がっている。榊さんといると、その世界の断片を一足先に見せてもらえるから、楽しい。
僕は榊さんとともに、マスターがカクテルを作る姿を観察していた。
計量器のような道具で測られた様々な酒が、コップの中にドバドバと入っていく。度数がとんでもないことになっていそうだ。
「はい。どうぞ」
完成したカクテルが、マスターの手により榊さんのコースターの上に置かれる。
色は、薄いブラウン。レモンも添えられており、見た目もなんだか紅茶のようだ。
「あざす」
榊さんが、さっそくグラスに口を付ける。
その瞬間、榊さんの口角が天を向いた。
「うんめぇ~! 飲みやし~!」
感想が俗っぽすぎる。
しかし、榊さんのその無邪気な笑顔を見たマスターは、満足げに微笑んでいたのだった。
「安い店で飲む安い酒も美味いけど、いい店で飲むいい酒も美味いんだよなぁ」
お酒を飲む榊さんは、本当に幸せそうだ。
「公太郎も、あたしの金は気にせずに色んなの飲んだらいいからな」
「あ、ありがとうございます」
値段にびびって遠慮していたこと、榊さんにはお見通しだったらしい。
僕は、改めてメニューに目をやった。お酒だけでなく、ノンアルコールカクテルの種類も豊富だ。
オシャレな名前の下に、その飲み物の簡単な説明が書かれている。
次はどれを頼もうか僕が悩んでいると。
「マスター。一人やねんけど、いける?」
入り口のベルの音とともに、中性的な声が店内に響いた。
思わず声をした方に目をやると、そこには細身の派手なイケメンが立っていた。
肩よりも長い金髪。頭頂部は少し黒い。
薄い色のサングラスの奥には、切れ長の瞳が輝いていた。
そして、龍が腕を這う高級そうなスカジャンが目立っている。
というかこの人、どこかで見たことあるような……?
「ああ。空いてますよ。お好きなお席にどうぞ」
「おおきにな」
僕らの席の近くまで歩いてくる彼に、榊さんがぽかんとした表情で声をかけた。
「あれ。ガトさん。奇遇っスね」
金髪の彼は僕の目の前で足を止め、サングラスを外して榊さんを凝視した。
「うお!? 榊やんけ。お前、やっぱ目立つなぁ~~」
「どうも」
ぺこりと頭を下げる榊さん。
「まだメイド服着とんかいな」
「おかげさまで」
「いや、なんも世話してへんけど。逆に世話してぇや、メイドなんやから」
「嫌です」
「なんでやねん」
二人は、楽しそうに会話をしていた。知り合いなのだろうか?
「榊さん。この方は?」
「ああ。えっとな」
榊さんが、少しだけ照れくさそうにして、頬にほんのり赤を咲かせてこう言った。
「あたしの、憧れの芸人さん」
「……あ」
榊さんが吸っている煙草は、彼女の憧れの芸人さんが好きな煙草なのだと聞いた。
つまりこの方は、榊さんが煙草を吸うきっかけになった人なのだ。
その瞬間、なぜか僕の胸に小さな針が刺さったような感覚があった。
この気持ちは一体、なんなのだろうか……?




