今日はカレシときてるんで
大家さんにもらったお土産を僕の部屋に置いた瞬間、榊さんが元気に口を開いた。
「公太郎。今のあたしは気分がいい。今から飲みにいこうぜ。正式に同棲の許可も出たしな。前に言ったけど、あたしが驕るからさ」
「いいですね。……でも」
「ん? 金なら心配すんな。今日給料日だったからな」
テンションの上がった彼女の声を聞きながら、どうして気分がいいのだろうかと訊ねたくなった。
ちなみに、今は僕も気分がいい。大家さんに、榊さんとカップルだと思われたからである。
榊さんも僕と同じ気持ちだったらとても嬉しいのだけれど。
まあ、ただ給料が入ったから、というだけの理由かもしれないが。
「どこがいい?」
「榊さんの驕りなので、榊さんの好きなところでいいですよ」
「そんなん居酒屋とかになるけどいいのか?」
「いいですよ」
「じゃ、一軒目は居酒屋な」
「あ、はい」
一軒目? ということは、二軒目以降もいくことが確定しているということであろうか。
酒飲みの人ってやたらと店を変えたがるイメージがあるけど、あれって本当なんだな。
これは、長い夜になりそうで楽しみだ。
〇
時刻は現在十八時頃。
僕らが訪れたのは、駅前の大衆居酒屋であった。
がやがやとした喧騒が絶えず、店内はずっとにぎやかだ。
仕切りもなにもなく、客がすし詰め状態となっている。
背の低いテーブルが並んだだけの店内は、客と客、客と店員との距離感がかなり近い。
壁には、達筆な字で書かれたメニューが所せましと並んでいた。
「スマン。ちょっと落ち着かないか?」
席に座るなり、榊さんに気を遣わせてしまった。
「いえ。大丈夫です」
人が多いことが気になったのは最初だけで、和風な雰囲気の内装はどこか僕に安心感を与えたのだった。
榊さん曰く、ここは値段の割に美味しいお店らしく、一軒目にはぴったりなのだという。店名も、『一軒目にはここ!』みたいな店名であった。うろ覚えだが。
榊さんの提案で、僕たちは飲み放題を注文した。僕は飲めても二杯か三杯であろうが、榊さんなら三、四人分は一人で飲むだろうということで、飲み放題にしたのであった。
一杯目。僕のカルピスと榊さんのビールが、突き出しの枝豆とともに運ばれてきた。
それぞれのグラスを手に、乾杯。
僕が一口飲む間に、榊さんのビールは既に半分ほどが無くなっていた。
そして数秒後。
「っぷは。おかわり」
テーブルに置かれた榊さんのグラスは、空になっていた。
僕は、シンプルにドン引きしていた。あまりにもペースが速すぎる。水じゃないんだから。
店員を呼び出すボタンを押しながら、榊さんがいつもの飄々としたテンションで開口した。
「別に、公太郎はあたしのペースに合わせる必要はないからな」
「わかりました」
僕がお酒を飲める年齢になったら、どれくらいアルコールに強いのだろうか。
さすがに榊さんほどとは望まないが、彼女と頑張れば張り合えるくらい強ければいいな。
なぜって、彼女の飲み相手になってあげたいからだ。
「……ん? そんな情熱的な視線で見つめてどうしたよ?」
「え」
僕、そんなに熱い視線を送ってたのか? 恥ずかしい。
「いえ。将来、榊さんの飲み相手になることができたら嬉しいなと考えていただけです」
「ンだよそれ。告白か?」
「あ、いや。えっと……」
「な、なんだよ。歯切れ悪ィな。ちょっといじっただけだっての」
お互いにもじもじとしていると、若い金髪の男性店員さんの手により、榊さんの二杯目のビールが運ばれてきた。
「ビールっす~」
「ん。ザス」
表情を変えずに榊さんがグラスを受け取るが、店員さんはすぐには去らずに意味深な視線を榊さんに送っている。
まあ、それもそうだろう。居酒屋にメイド服を着た破格の美人がいたら、誰でも気になる。
「お姉さん。綺麗っスねぇ~。なんでメイド服着てるんスか?」
「ん? 似合うから」
「ウケるw 確かに似合ってるけどw てか、前もウチきてくれてましたよね? なんか見かけたことあるかも」
若い店員さんは軽いノリで榊さんに絡んでいる。
別に、榊さんをナンパしているといった雰囲気ではないが、初対面にしては近いその距離に、なぜだか僕はムっとしてしまった。
別に一緒に住んでいるだけで、僕と榊さんは特別な関係でもなんでもない。だが、榊さんと店員さんのどこか親密だとも思える距離に、僕はわかりやすく落ち込んでしまったのだ。
雑談している二人の声が、雑音として僕の両耳を通り過ぎていく。
しばらくすると、榊さんが落ち込む僕に気付いて慌てて会話を切り上げた。
「あー、スンマセン。店員さん」
そこで息を吸い、榊さんは真剣な表情で言い放つ。
「──今日はカレシときてるんで、あったかく見守ってくれてると嬉しいス」
「……」
「……」
僕と店員さんが同時に黙り込む。
「あ、なんかスンマセンっす」
そうして、店員さんはそそくさとその場を去ってしまった。
残された僕らの元に、重たい沈黙が訪れる。
「え、えっと。榊さん。今のは……?」
「あ。いや……。別に」
榊さんの頬には、濃い赤の斜線が生まれている。
「面倒なナンパを追い払うために、適当言っただけだから……」
「そ、そうですよね」
しばらく榊さんと見つめ合った後、僕は、無際限に上昇する体温の限界を感じながら目を逸らした。




